羽衣をまとう女

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 警視庁公安機動捜査隊の隊長室のドアがノックされ、「入れ」という返事に続いて宮下警部補が入って来た。  ネイビーブルーの女性用パンツスーツをきりりと着こなし、毛先を肩の上で切りそろえたボブカットの女刑事は、20代後半にも関わらず少女っぽい雰囲気の残る顔をまっすぐに隊長に向け、素早く敬礼した。 「お呼びでしょうか」  50代の隊長は机の向こう側からかすかにうなずいて言った。 「二日前、奥多摩の別荘地で外国人の不審死があった」  立ったままの宮下警部補の方へ、プリントされた写真を隊長が指で弾いて渡す。宮下は首を傾げて写真をのぞき込んだ。40前後とおぼしき白人の男が地面に横向きに倒れているのが映っている。 「他殺ですか?」 「死因は感電死だ。だが、現場の周辺に送電線などはない。そして厄介な事に、ガイシャの身元はロシア大使館の駐在武官だ」 「スパイの線ですか? ですが、それなら、外事課か公安本部の管轄では? なぜ公安機動捜査隊が出て行くんですか?」 「諜報活動がらみの事件かどうか、まだ不明な段階で外事課や公安本部が動いたら面倒な事になるんだ。ガイシャがテロリストに殺された可能性があるという話にして、うちが非公式に動く。そういう建付けさ」 「承知しました。それで私は具体的に何を?」  隊長はもう一枚写真を取り出して今度は宮下に手渡した。そこには20代半ばとおぼしき若い女性が映っていた。栗色の長い髪、顔立ちは彫りが深く、日本人のようにも白人とのハーフのようにも見える。 「ガイシャは死亡する直前までその女性をつけ回していた形跡がある。彼女に接触してさりげなく、事情を探れ」  宮下は女性の写真を手に取り、スーツの上着の内ポケットにしまった。 「では、さっそく調査にかかります」 「聞き分けが良くて助かるよ。外事課に売れる恩は売っておけ。それが公安部門で出世するコツだからな」  宮下が部屋を出て行ってすぐ、隊長のデスクの固定電話が鳴った。隊長が出ると、相手は国家公安委員長だった。 「手配は済んだかね?」  その問いに隊長は背筋を伸ばして答えた。 「秘密保持に最適任の者を今派遣したところです。はい、はい、その点は万全を期しております。はっ! 承知しております」  電話線の向こう側では、通話を終えた国家公安委員長が部屋のソファに座っている外務大臣と防衛大臣に向き直って言った。 「今のところ手筈通りです。あくまで警察による、不審死事件の捜査の形を取りました」  防衛大臣が手元のタブレットに映る画像を見つめながらつぶやいた。 「しかしよく中国がこれを提供してくれたものだな」  外務大臣が言う。 「中国も事の重大さを理解しているという事でしょう。月の裏側にカメラ付きの探査機を置いているのはあの国だけですからな」  タブレットの画面には、月探査機のカメラの視界全体をふさぐ形で、明らかに人工物である何かの、鈍い銀色の巨大な丸みを帯びた一部分が映し出されていた。
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