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宮下が地元の警察署を通じてあの写真の女性に面会を求めると、相手はあっさり了承して日時を指定してきた。
東京都の一部とは思えない、深い緑と澄んだ小川に囲まれた小高い丘の上に、しゃれた外観の石造りの大きな洋館があった。
高い石塀に囲まれた一角のインターホンで宮下が名乗ると、玄関のドアが開き、あの写真の女性が出迎えに出て来た。
宮下が身分証明のバッジを広げて名乗ると、その女は宮下を屋内に案内しながら自分も名乗った。
「私は杉本マリヤと申します」
「あの、日本語でお話させてもらってかまいませんか」
マリヤは口元に手をあてて笑った。
「私はれっきとした日本人ですのよ。日本国籍も持っています。確かに生まれたのはロシアですけど」
「それは失礼しました」
「いえ、昔からよくそう言われましたから。父が白系ロシア人、母が日本人なもので」
内装は豪華そのものだった。応接室までの短い廊下の壁にも、高価そうな絵が何枚も飾ってあり、壁自体にもおそろしく手の込んだ複雑な模様が直に施してあった。
「素敵なお屋敷ですね。童話の世界に入り込んだみたいだわ」
宮下が本心からそう言うと、マリヤはまた笑った。
「両親が残した家なんです。見た目はいいかもしれませんけど、古い建物ですから手入れも大変だしお金もかかって、けっこう大変なんですよ」
応接室に入ると、テーブルの上に既に紅茶のポット、カップなど一式が用意してあった。
ひじ掛け付きのこれまた豪華そうな椅子に、テーブルをはさんで向かい合わせに座り、勧められた紅茶を一口だけ飲んだところで、宮下は本題を切り出した。
「先日、このすぐ近くで男性が一人、亡くなった事はご存じですね?」
「はい、驚きました。この辺りは静かで落ち着いた場所ですからね。両親が他界してから何年もここに住んでいますが、あんな事件は初めてで」
「亡くなった男性もロシア人だったのですが、何か面識のある方だったとか、そういう事は?」
「いいえ、全く。怖いですわ。自宅のすぐ近くでおかしな事が起きるなんて」
口調は突然の事件に怯えている若い女性のそれだった。だが、宮下の刑事としての勘が、それは演技だと告げていた。
この若い女は全く怯えてもいなければ、怖がっても不安がってもいない。つまり普通の反応ではない。宮下はそう確信した。
その日は引き上げる事にして、宮下が椅子から立ち上がるとマリヤも玄関まで見送ると言って立ち上がった。その時宮下はそれに気づいた。
「あら、素敵なショールですね。キラキラ銀色の刺繍がきれい」
「母の形見なんです。私はけっこう冷え性なので、この季節になると手放せませんの」
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