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「へぇ、君は下の世界からやってきたのか。道理で珍しい姿をしているわけだ」
見覚えのない世界を目の当たりにしてひとしきり混乱したあと、気を失っていた自分の面倒を見てくれた二頭身の小人である秋雨がこの世界の説明をしてくれた。
「ここは”雨京”と言ってな。お前さんたちが住む下の世界に雨を降らせる役割を請け負っているんだよ」
雲でできた、少し弾力のある地面を歩く。いつの間にか持ってきたコップを秋雨が手渡してきた。恐る恐る見ればコップの中にはおそらく水だと思われる液体。なぜだかいつも見る水より青く見える。
「ああ、水の色か。お前さんも聞いたことないか?”純度の高い氷は青い”と。こっちの世界はな、水も純度が高いほど青いんだ」
へぇ、と秋雨の豆知識に感心しながらコップの中の水を口に含む。
「!おいしい…」
「だろ?純度の高い水はうまいんだ。下じゃなかなか味わえないぞー?」
「……ッじゃなくて!」
「お、どうした?」
「いやいや可笑しいでしょ!なにこれ夢??こんな童話に出てそうな小人なんていないし、そもそも雨は水蒸気が空で冷やされてできるもんでしょ!科学的に証明されてるもんにいまさらファンタジーつけてもしょうがないでしょ?!」
思いのほかおいしい水に舌鼓を打っている場合じゃない。
普通なら雲の上になんて立てないし、青髪の小人なんかも住んでいない。雨だって作られ方はとうに知っている。
「夢か、夢なのか、夢なんだな!」
頭を抱えて叫んでいると足元からひんやりとした感触が伝った。
「まあまあ、落ち着きなさい」
「落ち着いて水でも飲めば、いろいろと分かるもんもあるだろう?」
秋雨のひんやりとした手と、柔らかい声。薄水色の短髪がかすかに揺れた。
急激に熱された頭がやんわりと冷えていく。
秋雨に諫められて、さっき座っていた椅子にもう一度腰を掛けた。
「…ありがとう」
「いいさいいさ。…ほら、落ち着いただろう?」
青い青い水を飲む。飲み終わって、ふぅっと一息ついてみれば、すっと視界が広がったような気がした。
「さて、お前さんの質問にでも答えようじゃないか」
隣に座った秋雨に、一つずつ疑問をぶつけていった。
「ここは夢?」
「いいや、夢じゃない。ここはちゃんと現実さ」
「雨を作ってるっていうのは?」
「それも本当さ」
「でも、雨は水蒸気から作られるんだよ」
「それはお前さんたちの世界での話だろう?それが本当に真実だと確かめる術はないだろう?」
「…うん」
「それに、たとえ雨京がまやかしだったとしてもだ」
「うん」
「こっちの方が、ずっとずっと素敵だろう?」
そういって笑う秋雨の笑顔が、優しくて。
「…そうだね」
自分もふふ、と笑ってしまった。
「ああ、そういえば。お前さんの名前を聞いていなかったな」
「あ、確かに。…私はあやか。早川綾香」
「あやか、か。いい響きだ。では改めて。秋雨だ。よろしくな、あやか」
「うん。よろしく、秋雨」
向かい合った秋雨のひんやりとした手をぎゅっと握った。
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