雨の世界

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 「えっと、じゃあ…よろしく、月時雨」  「ああ、よろしく。あやか」  にこやかに笑う月時雨に少したじろいでしまう。こんなにも急に距離を詰められたことがないからステップが飛びすぎてどうすればいいのか分からない。  秋雨は例外。助けてくれたので。  「秋雨に、月時雨…二人とも多分雨の名前だよね。雨の民だから雨にちなんだ名前を付けられるの?」  「まあそうだろうな。知り合いの雪の民は”(ひょう)”とか”六花(ろっか)”って名前だし」  「風の民は”雁渡(かりわたし)ってのがいたね」  「雹は分かるし六花は多分雪の結晶の方の名前だろうけど…雁渡し、は分かんないや」  「確か鳥がどっかに渡っていくときに吹く風だった気がするよ」  「月時雨はなんで知ってんの」  「そいつが教えてくれたんだ。自分の名前の由来だからってね」  率直な質問にすらすらと答えていく秋雨と月時雨。もしかして雨の民は物知りが多いのだろうか。  「そういや、お前さんのみょうじ。あれも雨…ってか水と関係あったよな」  「?ああ確かに。早”川”だから水関係だね」  「水に関係ある名前の奴が雨の民に拾われるなんて、面白いもんだな」  「運命とかいう?やめてよおっさん臭い」  「俺たちはおっさんだぞ」  「え、マジ」  「まじまじだ」  キョトンとした秋雨に彼よりも流ちょうにカタカナを言う月時雨。そんな二人の顔は身長も相まってどこから見ても小学生ほどにしか見えない。いたずらっ子のようにニヤニヤと笑みを浮かべる月時雨なんて小さいころ散々苦しめられたいたずら小僧そのものだ。  「どうせなら実年齢も言ってあげようか?」  「やめて、キャパオーバーするから」  実年齢を聞いてしまえばしばらく放心して動けないような気がする。  「でも、あやかのお父さんだって俺たちくらいの歳だろう?話し方で分からなかったのか?」  いや分かるか、と思う。話し方には確かに違和感はあったが顔や慎重に引っ張られすぎて大人びた子供にしか見えない。それに、  「…うーんと、ね。私、いないんだよ。父親」  そう言った途端、二人がどこか気まずそうな表情を浮かべた。  「そんな顔しないで。生まれた時にはもういなかったから父親がいないことが悲しいとか、あんまり分かんないから」  ああいやだ。この話題になると決まって周りは悲しそうな顔をする。私はいいって言ってるのに。こちらも悲しい顔になってしまう。  「そうだ」  「え?なに?どうしたの」  「ちょうどいい、あやか。お前さんも雨を落とすといい」  「へ…え?いやいや!ってかいいの!?」  「まあ、誰も見てなきゃ問題ないよ」  「ええ…本当に?」  「本当本当」  ささっと決められて混乱したままの自分をよそに秋雨と月時雨はてきぱきと動いていく。いつの間にか持ってきていたガラスで出来たような透明な器を塔の根元に置いて、秋雨たちの肩くらいの位置から飛び出ているレバーを倒した。30秒ほどたったところで少しずつ器に青い水が溜まっていく。  「こうやって、空気の中にある水蒸気を凝縮して雨のもとになる雨核(うかく)を作る。ここまでがあやかも知っている雨の作り方だ。だが、ここからが決定的に違ってくる」  水がなみなみとたまったところで器を取り出した秋雨が塔の周りのいたるところに置いてある机の一つに器を静かに置いた。
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