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終わり
あれ?本気か?
「本気で言ってんの」
「これが嘘ついてる目かよ」
「まず目を合わせてから言え」
「ヤダ恥ずかしすぎる」
「…」
音をたてながら無駄に広い部屋まで戻り、司の側に屈み込む。酒の臭いが鼻をつく。ただひたすら前を見つめ続けている横顔は少し拗ねたように唇を尖らせ、まるで悪事が見つかり謝罪を求められている幼い子供のようである。年にあわないこの表情がまたしても自身の妹達を思い出させる。先ほどまでの暗く、何かが沈殿しているような胸ののしこりは消えていた。
「まぁいいか、付き合ってやるよ」
「…は?」
「え?」
人間の動きとは言い難いような速度でこちらに顔を向けた司の表情は見たことも無いアホ面だった。滝谷も彼の動作に驚かされつつ、何よりその表情から今までのやりとりが冗談であったかと懸念し、途端に動悸が激しくなる。
え?からかわれてた?
「マジで?マジで?」
「え…いや…」
「どっちだよ!いや、どっちでもいいや。とにかくプラスの方向で捉えていいんだな!」
「や、その…一応お前は本気で言ってるんだよな?」
滝谷が確認の言葉を口にしたと同時にまたしても司の目がすっと細められた。しかも先ほどより凶悪な印象を与えながら。
滝谷の脳が警告を出すのと同時に司の両手が滝谷の両頬を鷲掴み、顔を近づけてくる。反射的に全体力を使って体を後ろに引くが、その反動で滝谷を押し倒す形で2人して柔らかなカーペットへ倒れ込んだ。まるで安っぽいドラマの展開のように。
「冗談でダチに迫るか」
「あぁそうだな分かったからとりあえず退いてくれ気色悪い」
「それが恋人の台詞か。ハニーの台詞なのか。」
「なんで言い直したんだよ。ていうかいつお前のハニーになった」
「今さっき。付き合うって言った」
「…」
「冗談か?」
影になっている顔と抑揚の無い声からは感情が殆ど読み取れない。ただ、どうあっても冗談で済ませることはできないのは判る。いつの間にか両頬から地面に押しつけたように置かれた顔の横にある司の手に軽く触れ、一つ息を吸う。
「冗談じゃない。ただ言葉以外は全く追いついていないって事だ。俺自身よく自分の気持ちが分からない」
吐き出すように、独り喋る。
「付き合いたいとは思わない。お前の彼女になるなんて考えたくもない。でも」
「司を一番大事にしたい。する自信がある」
頭も上手く回っていない状況で口が勝手に動く。誰か違う人が喋っているような感覚に囚われながら、それでも自分の気持ちを見つけられたと安堵する。
多分そうなのだ。誰より先に相談してほしい。誰より先に頼りたくなる。自分だけに思う感情があれば良い。それはつまりそういう事だろう。顔は見えないが気配で司が笑ったのが判る。軽く髪に触れながらゆっくり近づいてくる顔を右手を上げ優しく遮る。なおも近づこうとする彼の前髪を掴んで上に引く。
「え?ちょ…空気読めよ!ここはちゅーするだろ普通。」
「だから嫌だっつってんだろ。とりあえず友達から始めましょう」
「もう友達だろ」
「じゃあ友達以上恋人未満から」
「それは……ありだな」
複雑そうな声音だが、どこか嬉しそうに答える。その後も何かとなにかを仕掛けようと模索する司を引き剥がしながら、ふとテレビを見た。都会の街並みをバックに天気予報士が明日の降水確率を伝えている。まるで自分に話しかけられているように感じ、じっと画面を見据える。明日は一日中曇りの予報です。はっきりしない天気となるでしょう。クリスマスまでには回復する見込みです…
了解。回復させてやるか。
滝谷は呟いた。
end
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