船を出す

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夕方六時すぎごろ、治男おじさんと千佐おばさんに圭くん、ぼく、うちのお父さんとお母さんが、おじいちゃんの精霊船を(かつ)いで出発した。 担ぐと言っても、車輪がついているのでゴロゴロと押していく。 この時期の長崎は、夜八時近くまで明るい。 ゆっくり進めて、流し場に着くのは九時前ぐらいになるそうだ。 もう周りでは大きな爆竹の音が立て続けに響いている。 そんな中でもお母さんと千佐おばさんは、写真をとり合いながらおしゃべりに夢中だ。 「昔ばあちゃんの船出した時は、夜十時ごろまで練り歩いとったなあ、亡くなった栄市(えいいち)兄さんは大工やったけん、小さか家ぐらいある船作ってなあ」 お父さんが懐かしそうにつぶやいた。 お父さんの手には、丸くて平たい(かね)があって、思い出した時にチャンコンチャンコン鳴らす。 「そうそう、担ぎ手が職人ばっかりでなあ。全員若かし気の荒かもんやけん、よその船に近づけば、肩の触れたの触れんのでにらみ合うて大変やったよなあ」 治男おじさんもうんうんとうなずいて笑った。 鉦のあとにドーイドイと声をかけるのが決まりらしい。 でも、だんだん怪しくなってきた。 「船はぐるんぐるん回すし、放り上げて電線に触りそうになるし。くんちと間違うとったとやろうなあ。兄さんたちタトゥーちらちらしとってさ。おまわりさんめっちゃこっち見るし、あっちこっちで火柱上がるし。俺は生きた心地せんやったよ」 圭くんの話はとんでもなかった。 圭くんは、大きな箱の中から爆竹をつかみ取って、箱ごと火をつけた。 耳がおかしくなるくらいきーんとした。 「ああ、ごめん渡すとば忘れとった」 圭くんは、ぼくの手に耳栓をにぎらせてくれた。 ぼくは耳栓をしながら、圭くんに聞いた。 「その赤のたすき何?」 「これが花火の管理者の印。うちの親父の青のたすきが船全体の管理者ってことでね。ちゃんと道路の使用許可も取っとるよ」 意外とちゃんとしている。 「ちゅうわけで、爆竹は俺しかできんけど許せ」 させられなくてよかった、とぼくはホッとした。 「圭くん……さっき船ば回したとか……」 「昔はみんなむちゃくちゃしよったけん、今は禁止になっとるよ」 圭くんはまた爆竹を箱ごと放り投げた。爆竹は火を噴いて飛んでいき、ものすごい火薬のにおいと音につつまれた。 「爆竹には何の意味があると?」 「船の通る道ば清めるとか言うけど、俺がしたかけん」 4fb214ef-fba7-4b21-983b-41a46a866b77
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