新しいバイト

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新しいバイト

「2人共20歳?本当?」 そう言って笑ったのは眼鏡を掛けた冴えない中年男だ。オレンジと白の縞々模様が浮いた四角い帽子にオレンジと白の縞々なエプロンをしているが、他の従業員とは違い、エプロンの下はシャツにネクタイをしている。つまり店長って事なんだけど、彼は手渡した履歴書を疑っている訳では無いのだと思う。 そう、俺は大学の一回生だけど浪人を含む2年のブランクがあったから20歳なのだが、隣で物凄く不機嫌な顔している悟も20歳だとは思ってなかった。 だから、店長の疑問は何となくわかるが、何故笑われているのかはわからない。 20歳では駄目なのかを聞こうとすると何かにギュッと靴を踏まれた。何なのかと足を見ると悟の足が靴に乗っている。 これは偶然なのか、わざとなのか。 取り敢えず足を引こうとするとグリグリと圧が掛かるって事はつまりわざとなのだろう。何故かはわからないままだが黙る事にした。 今来ているのは駅前ビルの2階にあるイタリアンのファミレスだった。 その日に丁度バイトの面接に行くから一緒に来ないか?と悟が誘ってくれたのだ。 この店に来た事は無いがちょっとだけ知っている店だったから嫌だったのだが、続け様2回のクビにメンタルをやられていたので飛び付いた。 「なあ、何で足踏んだの?」 制服である白いポロシャツに袖を通してから聞くと、悟はムッと口をへの字に曲げた。 店長面接が終わった後に、もうその日から入るようにたのまれたのだが、何故か悟が黙りこくったままで妙に不機嫌だった。 「本当に20歳か?って聞かれてんだぞ、つまり20歳に見えないいって事だろ」 「見えないけど…」 18歳だと思い込んでいたせいもあるが、悟は若く……時たま18でも危ないくらい幼くも見える。 特に、イバラのような現実を突きつけられた後では食べる気になれなかった高級ピーチフラペチーノを「食べるか?」と、聞いた時に見せた悟の驚き顔は未成年の女の子みたいだった。 ギュッと締めたエプロンのリボンが背中で縦になっている所も妙に可愛らしい。 「何見てんだよ」 「え?20歳にしては可愛いかと……」 最後まで言う前にバシンと頬にビンタを食らった。普段の悟は大人しくて、ふわふわしているからちょっとびっくりした。 「何すんだよ」 「気付いてないみたいだから言っとくけどさ、さっきはケンコーも子供みたいだって言われたんだぞ、仔犬ペアって言われてたの聞こえなかったのかよ」 「え?俺も?でもそれはついでで仔犬は……」 この続きを言えばどうなるかは、ギッと睨んできた悟の顔を見ればわかってしまった。 どうやら悟は見た目が仔犬である事を気にしているらしい。 「別にいいじゃん(そのまんまなんだから)」 「よく無い、ってか、何で腹が立たないの?」 「そりゃ俺はさ、垢抜けて無いし、服もダサいし童顔気味だって自覚しているからさ、……そんなに怒る事?」 どっちにしろ悟といるから纏められただけで普段は滅多に言われない 「………色々含んでる顔だな、何が言いたい訳?」 「エスパーかよ」 「ケンコーの考えなんて丸わかりだよ」 ふんっと鼻を鳴らしながら、頭に被ったオレンジと白の縞々帽は可愛らしい容貌の悟によく似合っていた。 「何ボウッとしてんだよ、行くぞ、まずはマニュアル通りの手洗いだ」 「お、おお、切り替え早いな」 憤慨した女子みたいにプリプリしていたくせに狭い従業員控え室の出口にある大きな姿鏡でサッと全身をチェックした悟は、液体石鹸のポンプをギュッと押した。 講義室に入れなくてビクついていた悟と、いきなり殴りつけてくる悟、そして少し冷めたようなクールさを持ち合わせる悟はかなりのギャッ持ちらしい。ただおどおどするだけしかバリエーションの無い自分を思うと少し情けなくなった。 「やるか」 「うん、さっさととしよう」 悟を真似て石鹸のポンプに手を掛けた。 まずはしっかりと泡立てて手の甲と手のひらを念入りに…と洗面台の前に書いてある通りに手を洗おうとすると悟はもう水で流してアルコールに手を掛けてる。 「おい、マニュアルではまだまだ続きがあるぞ、10分掛けろって書いてある」 「そんなもんわかってるよ」 「わかってるんならちゃんとやれよ」 「そこはさ……」 あ〜と天井を仰ぎ、困ったような顔をされたが言ってる事は間違ってないと思う。まだ食費すら稼げてないのに、この生活を考えるともうクビになったりは出来ないのだ。 「何だよ、言っておくが俺はちゃんとやるぞ」 「うん、ケンコーは間違ってないよ、マニュアルは大切だし、マニュアルには意味がある。でもな、俺達は時給で働くバイトなんだよ」 「そうだけど?バイトだからって決まりを守らなくていいのかよ」 「そうじゃなくてさ、時給を1000円としてだな、着替えと手洗いに15分とか20分掛けてみろ、軽く4分の一くらい無駄になる」 「でも…」 「そして店は今から混みだす時間だ、他のバイトが急に休んだから手が足りないんだろ、そこに勝手のわからない俺達が入るんだ、効率を考えれば優先順位がどこにあるかはわかるだろ」 「……う……うん」 ぐうの音も出ない正論だった。 悟と出会ってからまだひと月ちょっとなのだが、1番初めに抱いた印象とは随分違う。 これは、今日の昼間に講義室で初めて見た悟の新しい顔だった。 「わかった。」 「アルコールは爪の中まで入れろよ」 「うん」 負けてる。 完全に負けてる。 まだ乾かないアルコールをゴシゴシと手で擦りながらしっかりとした足取りで店内に入って行く悟の後をおどおどしながらついて行くしか無かった。
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