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友達は仔犬
独立する為のお金は子供の頃から貯めていた貯金が350万くらいあった。
そこから大学の入学金が130万、第一期目の授業料が87万を一括で支払い、教科書や最低限の生活道具を揃えたら100万とちょっとしか残らなかった。あと半年もすればやって来る後期の授業料を考えれば貯金はもうない物と思わねばならない。
「ってか…、貯金が350万って凄くない?」
破格で違法なバイトでもしてたのか?と、仔犬のような目をクリンと回したのは大学に入ってすぐ出来た唯一の友人、悟だった。
「破格で違法って何だよ」
「だって、違法な事やっても早々にはそんな大金は貰えないだろ?」
「それは知らないけどお年玉とかを貯めてて使ってなかっただけだよ」
「お年玉?「とか」って何?他にもあるって事?けんこー君のおうちはお金持ちなの?」
「けんこーじゃ無くて憲好、なあ、あのさ、俺ん家がお金持ちかどうかは知らないけど……貰わないもん?多い?悟くんの家は?どれくらい貰うもんなの?」
「え?俺はそんなの……」
何を迷ったのか。
悟はちょっと考えてから「お年玉なんて貰った事ない」と笑った。
何故モジモジするのかはわからないが、耳を垂れて視線を泳がす悟は何だか可愛らしくてやっぱり仔犬みたいだ。
今は広い講義室の1番後ろの席で並んで座っている。つまりは授業中な訳だが、私語を気にも留めない講師の為全体的にザワザワとしている。
楽な選択といい友達が入学早々ゲット出来たのは奇跡みたいだ。
悟と友達になれたのは偶然と言うか必然と言うか、お互いに積極的な友活をした訳ではなく、新生活を前に有り余る快活な雰囲気から出遅れていた2人だったからなのだ。
入学式の後、サークル活動の勧誘ロードを前にビビっていると隣で悟がびびってた。
初めての講義に緊張していると、あっという間に席が埋まり、呆然としていたら同じ顔が隣で呆然としていたのだ。
そんな事が2、3回重なり、何となく話すようになって、何となく友達になった。
全く見知らぬ集団に声を掛けるなんて出来ないからそれとなく「常識」の擦り合わせして行きたい。だって。わからないから。
答えは慎重になった。
「変…かな?…」
「変……かどうかは……ごめん、俺にもわからない、お年玉を貰った事ないってのも変…かな?」
「さあ…ってかやめない?」
「うん、やめよう」
困ったように眉を下げて笑い流してくれる悟は今の所はとても付き合いやすい友達だ。
怖いのは深い事情を聞かれたり、無知を指摘される事だ。その点では悟も同じくらいの出発点にいるような気がするし、触れて欲しく無い所は空気を読んでさらりとスルーしてくれる。
先日も大学構内にあるスターバックスでコーヒーを買おうって事になったけど、何も知らなくて気後れをしていた。勿論だけどスターバックスは知っていた。
知っていたが入った事は無かったのだ。
今時と笑われたらどうしようと思っていたら何と、悟も初めてだと言うので、2人でコソコソと探検したり出来たのだ。
戦利品とも言えるフラペチーノを撮っておこうかとスマホを出したら「それで?」と悟が聞いた。
「2年になったら?どうするの?」
「え?あ…うん、バイトで貯めて行こうと思ってるん…だけど」
「えー?」と目を丸めた悟くんは「無理じゃ無い?」と言いながら、驚く早さでこの先に必要な金額を出してきた。
「生活費と家賃を別にして最低でも月12万は貯金しないと駄目だろ」
「え?まあ…うん」
「朝は?、何を食べた?」
「コンビニの…サンドイッチと牛乳…って、知ってんだろ、一緒に買ったじゃん」
「うん、でさ」
それ、と悟が指を差したのは携帯の前にかざしたプラペチーノだ。
「693円」
「え?」
「コーヒーを買うって言ってたのにフラペチーノを買ったよね」
「…うん…美味しそうだったから、あ、そうかコーヒーなら400円弱だったよね」
「違うよ」
「え?違う?ああ……そうかコンビニならもっと安く売ってたよな」
「それも違う」
「でも缶コーヒーでも120円するし」
「ケンコーにはコーヒーを飲む余裕なんてないんじゃ無いかって言ってんの、…例えば食費を月3万としたらさ、単純計算で1日1000円だろ?今日はそれっきり何も食べないとしてももう明日の分まで食ってるよ」
「え……」
思わず手に持った透明な容器に目をやった。
5月の陽気に汗をかいてキラキラしている、盛り上がった滑らかなソフトクリームが少し溶けているけど、ピンクと白がマダラになっている豪華な作りだ。
「そうか……俺、甘かったな」
一人暮らしを始めてひと月、何も考えず、計画も無しに貯金で暮らしていた。
余っているお金では無いと知っていたのにだ。
「バイトは?ケンコーの計画なら一箇所じゃ無理だろ、不足の事態を考えたら月に20は稼ぎたいだろ?講義も多いし結構無理しなきゃやってけ無いと思うけど」
「そりゃバイトは勿論やるけど……」
実は昨日、つまり天井から赤いきつねの汁が降って来た日の夕方、バイト先に行くともう来なくていいと言われた。
しかもその1週間前に別のバイト先からも同じ事を言われていた。
「………………何か……クビになる」
「へ?」
悟の驚いた目はびっくりするぐらい大きくて、黒目がちで、まん丸で、泣いてるのか?ってくらいキラキラしている。何だか今までで1番の仔犬加減だった。
「キャンって…言ってみて」
「は?」
「いや、何でもない」
「ふざけてる場合じゃないだろ、労働基準法が厳しいこの現代でクビになるって滅多に無いと思うけど……、ファミレスだったよね?何したの?」
「何かって?」
「給料を超えるほどの何かを壊しまくったとか、客と喧嘩したとか、お金の単位を間違えたとか」
そこで、見慣れている筈なのに札の種類って意外と間違えたりするよなと笑いあった。
あるある話で盛り上がったからなんとか誤魔化せたかと思ったのに、この仔犬は見た目の割に意外と聡かった。
「で?何したの?」
「う……あんまり話したくない」
「この後もクビになるつもり?」
「でも……多分だけど何もしてない…と思う」
挨拶が弱すぎるとは言われたが、言われた事をして淡々と働いていたつもりだ。目立った失敗はしていないと思うし、遅刻も無断欠勤もしていない。なのにもう来なくていいと言われた。
「どうすんの?」
「え?そりゃ新しいバイト先を探すしかないだろうな」
「ケンコーの決意はわかるけどさ、2年の学費は奨学金を考えなよ、それでも完全自活は厳しいと思う。」
「うん」
奨学金の事は入学前に考えたが、それは紛れも無い借金なのである。
生活苦は勿論だが、ギャブルや当て所の無い投資で身を持ち崩した駄目な大人を「ろくでなし」と吐き捨てる親の姿をよく見かけた。
しかも、保証人がいるのだから出来れば頼りたく無かったのだ。
「とにかく、まずは出来る所までやってみるよ」
「当てもないのに?」
呆れたようにポリポリと頭をかいた悟は、シラっとしながらもう冷めているだろうSサイズのコーヒーをズズっと啜った。
コーヒーと言っても砂糖2個、ミルク2個を入れた子供仕様だ。
買ったばかりのピーチフラペチーノを見て「いいなぁ」と頬を染めていたのは、お金の事を考えて我慢したらしいと、たった今気付いた。
「今日の講義が終わるのは4時半だよな」
「え?俺はこの後ケンコーと同じ選択じゃ無いから知らない」
「うん、4時半だ、今ここでバイト先を探して面接の予約を取るよ」
また明日と考えていたけどそこが甘いのだ。
思わぬ悟からやる気を貰って、いても立ってもいられなくなり、思わず立ち上がるとさすがに煩かったのか、「座れ、そして黙れ」と教鞭を取る講師に怒られた。
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