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「なあ、あんたって男?」
来客が帰ってから天井裏は静かなもので、コトとも音がしないから、もうそこにはいないのかもしれない。しかし、何だか間が持たなくて話しかけたのだ。
すぐには返事が無かったけど暫くすると「今…この状態で話せと?」って、そんなの知るか。
「コンドームが取れちゃったから後始末が大変」なんてもっとどうでもいい。
「やっぱり男なんだね、あんたホモなんだ」
「精神的な性的嗜好は自分でも分かりませんが、セックスは男とやりたいですね」
「それをホモって言うんじゃ無いですか」
「そんなに浅い問題ではありませんよ、本当に悩んでいる人に失礼です」
「あんたは?悩んで無いの?」
「あなたこそ、若いのに変な声を聞かされても動揺しないんですね、慣れてるんですか?」
「……慣れてるわけ無いだろう」
体もメンタルもボロボロに疲れていたから恥ずかしく思う前に沸騰しただけだ。
しかし、こうして落ち着いてから声だけの住人が何をどんな風にやっていたかを想像するとかぁッと顔が熱くなってきた。
それを察したのか、すいませんと静かな声が落ちてきた。
「いいけど…一応そこはあんたのプライベートな個室なんだし…でもさ、真っ昼間なら俺はいない事が多いけど今の時間ってほぼいるってわかってるだろ、そこは考えなかった訳?」
「はあ……飢えていましたので」
「うわ…見境なしの野獣タイプか」
「そうとも言えます」
反論を期待したのにあっさり認められると、もう争う気が失せてしまった。
何よりも本当に疲れていたのだ。
何しろ、今日、生まれて初めて「働く」と言う事を学んだのだ。
クビになった以前のバイト先では誰も何も言ってはくれなかった為に言われた事をやっていれば良いと思っていたがそれは違った。
注文を取る為の子機の使い方を教わった後にすぐフロアに出なければならなかったのだが、タッチパネルの押すだけという電子機器の使い方などは決して難しく無かった。問題は多岐に渡る注文の品がどこにあるかがすぐには探せないって事だった。
客も客で正しい商品名を言ってくれないから、焦って、焦って、もう泣きそうになっていたのだが、悟が上手くフォローをしてくれた。
商品名がわかってないのも、子機の使い方に慣れていないのも、全部が初めてなのも同じなのに「不慣れなのでお時間を頂きます、申し訳ありません」と微笑み、サラリと初めての仕事をこなしていた。
それからは悟の真似をした。
他のバイトさんの真似もした。
その上で、できる事を自分で探せと悟に言われたが、あれをしろ、これをしろと細かく指示をくれたのだ。
学んだのは片道だけの仕事をするなって事。
行ったら帰りがけにも仕事をしろって事だった。
クビになったバイト先では意外と暇だなって思ってたけど、どうやらそれが悪かったらしい。
思い返せば働いている時間より突っ立っている時間の方が長かったような気がする。
ちょっと周りを見渡せば、たった1日で習得出来る技術なのに何もしてこなかった。
やらなければならない仕事の合間に別の事をすると驚く程忙しい。
体力よりも気疲れでクタクタになっている。
「飯でも…食うか……お風呂は…もういいや」
夕食は大根が一本。
1日千円以下を守るにはこれしか無かった。
一口齧ってみると歯が滑って皮が剥けただけだ。
「まずい……でも…とにかく値段と量を考えたら仕方ないか…」
もう一口、今度はガブリと噛み付いてしっかりともぎ取った。
その音が聞こえたのか、天井裏から何を食べているのかと聞かれた。
「大根」
「……大根?……生っぽい音がしましたけど」
「聞くなよ」
「それを言うならそっちこそ聞かないでください、普通なら気を利かせて黙るか外出するものでしょう」
「デカい声でもっと、とか、イク!とか叫んでたくせに聞くなってよく言う、そっちこそ俺が帰って来たってわかってんなら遠慮すべきだろ」
「いえ、かえって燃えました」
「変態」
「否定はしません、ほら、聞くなって無理でしょう」
「まあな……」
図々しいくせに丁寧な言葉使いを崩さない天井男はクスッと小さな笑い声を立てて黙ってしまった。
何をしているのかゴソゴソと音が移動していくものだから外出でもするのかなと、思っていたら隅の天井板が外れてカップラーメンが落ちて来た。
「お湯ですか?」
「いえ、お詫びに差し上げます」
「え?本当!やった、実はお腹が空いてたんです」
「喜んで頂けたなら幸いです、生の大根よりはマシでしょう」
真っ暗な屋根裏からヒラヒラと白い手が舞っているのが見えた。
その手は指が長く嫌にか細い。
ロフトに住む変わり者の隣人は、実の所、やはり女なのでは無いかと疑問が湧いた。
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