生きる!!

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生きる!!

一人暮らしをするって事は掃除しなければ部屋が散らかり、洗濯しなければ着る物が無くなる。 きっと母の有り難みを噛み締めたりするんだろうなと思ってた。 そりゃ、引っ越して3日目でお母さん有難うと思ったのは確かだけど、まさか「生きる」って事に直結して来るなんて想像出来ていなかった。 節約しなければと覚悟していたのに、最初の1ヶ月目は食べたい物を食べ、必要な物を買い、呑気にバイトをクビになってりした、2ヶ月目に入ってた頃、悟に甘いと言われて頑張ったけど、バイトは月末締めで翌月10日の支払いだからまだ一銭も貰ってない。 そしたら大切な貯金があっという間に 20万くらい減った。 生きていくって思っていたよりずっと大変だった。今ほどの奇妙事態はもう無いんだとしても、きっとまだ見ぬ非常事態がまだまだあるんだと思う。計画上のギリギリでは心許ないので、スマホを駆使してバイトの情報サイトを吟味していた。 現状は厳しいのだ。 ファミレスのバイトに18時から22時のシフトに月20日程入れたとして月8万、深夜の時間帯に空きがあれば時給も上がるが今の所はまだ無理だと言われている。 そして沢山のバイトを抱えてリスクマネージメントをしようとしてる店側の観点から見ても、恐らく20日も入る事は出来ないだろう。 つまりは、もう一件のバイト先を探さなければならないって事だった。 手っ取り早いのは深夜や早朝に及ぶ肉体労働だ。 時給が段違いに高いのはいいが、それは悟に止められた。肉体労働を否定したりはしないが、自分の能力とやらなければいけない事の優先順位を考えろと言われた。 時給が高いって事はやる人が少ないからで、やる人が少ないって事はそれなりの理由があるからなのだ。慣れないバイトで体を壊しては意味が無いし、大学の単位を落とすならもっと意味が無い。 それならって事で、知り合いのやってるダイニングバーが人を探してるから紹介しようか?と悟が言ってくれた。 何と、まかない付き。 とても魅力的な申し出だったから飛び付きそうになったが、一応は自分で探してからと保留にして貰ってる。 しかし、時給1500円、22時から24時まで、もしくは20時から24時まで、入れる時に入っていいなんて都合のいいバイトはあるはずも無く諦めかけていた時だ。 かがみ込んでいた目の前に小さいスニーカーと細い生足がある事に気付いて顔を上げた。 「あ、やっと上を向いた。」 いつからそこにいたのかは知らないが、目の前に仁王立ちしていたのは何〼か同じ講義を取っている同級生だ。人見知り付き軟弱気弱男なのだから勿論だけど、名前は知らない。 長い髪をミドルツインに縛った可愛い女の子にビビっていると、「暇?」と聞かれて首を振った。 「暇そうに見えるけど?何見てんの?YouTube?」 「違うよ」 「まあ何でもいいわ、いつも一緒にいる友達は?」 「………悟の事?」 「そうそう、あの子あんまり見かけないのよね、見つけたらあんたと一緒にいるしね」 「今どこにいるかは知らないけど…何?悟に何か用でもあるの?」 「連絡を取ってないの?」と聞かれたが取ってないとしか言いようが無かった。 実は悟って少し謎めいた所があるのだ。 どこに住んでいるのか、下宿なのか実家通いなのかを聞いても笑って濁すだけで教えてくれなかった。 ただ、他の生徒みたいに楽しく遊ぶ大学生ライフを目指しているのでは無いって事はわかる。 裕福な生徒みたいに遊んだりしないし、一緒に働いているバイトの他にも何かしているようでいつも忙しい。 言いたく無いなら聞かないし、隠したい事情があるのはお互い様だからそれはそれでいいのだが、連絡が取れなくなることもしばしばあった。 わかっているのは電話番号とLINEのアドレスだけだ。多分だけど大学内では1番仲がいい俺以外が悟を捕まえるのは難しいのだとわかっている。 「用があるなら今度会った時に伝えるけど?」 「用っていうかね、ケンコーくんと悟くんの2人セットで飲み会に来ないかなと思ってさ」 「へ?飲み会?」 名前で、しかも悟が勝手に付けたケンコーと呼ばれて変な返事になった。 「そんなに驚く?」 「いや、あの、俺は合コンとか行けないから」 「やだ、違うわよ」 「違うの?」 サークル系の誘いなら勿論断るしか無いのだが(お金が無い、人が苦手)そうじゃないと言う。何の話かと思ったら今後のために同期会をするから参加して欲しいって事だった。 手渡されたチラシには「大学に通う最大の武器とメリットは人脈作りである」と書いてある。 参加費は3500円だが、それはそうかもしれないと思ってしまった。 「悟が行くって言ったら行くよ」 「そう?よかった。ワンちゃん二人組はこっそりだけど人気があるのよ」 ヨシヨシと頭を撫でられ「絶対来てね」と笑ってから行ってしまう後ろ姿を見て、ここに悟がいなくて良かったと思った。 自分はともかく悟が女の子からも男からも人気があるのは知っていた。何故って悟と2人でひもじく安いコンビニパンを齧っていると、やたらと知らない人からお菓子とかスイーツを貰ったりするのだ。 悟に餌をあげたくなる気持ちは痛い程わかる。 特に甘い物が好きらしい悟は見知らぬ人からの差し入れに躊躇無く手を出して、頬をほんわりピンクに染める。 しかし、それは指摘してはならない事だったらしい。あんまり可愛いからつい…。 つい、女の子みたいだって言ったら本気のグーパンチが飛んで来た。 そこには遠慮も躊躇も無く、凶暴な一面を隠そうともして無かった。 好きなタイプを聞いたら、超不機嫌な無言の返し。彼女の有無も禁句らしい。 ちょっと面白くなってたから調子に乗って女の子は苦手なのかと聞くと純情少年丸出しの真っ赤な顔で「うるせえ」と思いっきり蹴られた。 もしも、さっきみたいにワンちゃんと呼ばれ、愛玩動物みたいに頭を撫でられたりしたら泣くか逃げるか怒るか、もうわからない。 多少唐突で物凄いギャップ持ちだが大変楽しい友人なのである。
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