ダイニングナーシー

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「見ましたね」 それは天井からの声だ。 部屋に戻ってから着ていた服のまま布団に雪崩れ込み、眠ろうとしていると聞こえて来た。 あんなにも眠かったのにパッチリと目が冴えてしまったのは仕方がない事だと思う。 「それは顔を見たって事ですか?それとも盛ったキスを見たって事?」 もしくは喧嘩している所見たって言いたいのだろうか。あえてそこに言及しなかったのは何やら謎めいていたからだ。 どうやらこの変わった隣人が天井裏に住んでいる理由はお金が無いとか、住むところが無いとか後ろ暗い事情があるからではなく、何か特別な目的があってこんな酔狂な真似をしているらしい。 「断りもなく訪ねて来るような真似をするなら2度と会わない」奇妙な隣人はそう言って怒っていた。 そして相手の男は「こんな生活をするならうちに来い」とアパートに戻ろうとするびっくりするほど綺麗な隣人の手を引いて口説いていた。 そして、彼は(多分彼)そのあたりで聞き耳がある事に気付いたのだ。恐らく突然のキスは聞かれたくない事を言いそうな男の口を塞いだのだと思う。 「ああ、言い忘れました。初めまして憲好です」  「私は堂島です、改めてお願いします」 「あなたは男ですよね?」 「先程お会いしたと思ったのは気のせいですか?、なら名乗るんじゃ無かったな」 「いえ、俺ですよ。堂島さんの顔を見ても男か女かわからなかったから聞いてるんです」 「ではそこの隙間から下半身でもお見せしましょうか?」 「いや、絶対にやめてください」 恐らく冗談なのだとは思うが絵面が想像出来て怖かった。笑って済ますにはホラー要素が大き過ぎる。 「冗談です」 「わかってます」 「では、先に謝っておきますね」 「え?何を?あんた俺に何かした?部屋か?部屋だな?何か奪った?まあ何も無いからいいけど」 「先に…と申し上げたでしょう」 そこで、フフッと小さな笑い声が聞こえた。 面白くもなんとも無いのにだ。 この隣人はかなり変わっている。 変人なのはやってる事を考えると考察するまでも無いのだが、どこか噛み合わず、何なら浮世絵離れしている。彼の抱える事情を知ってはならないような気になるのだ。 これ以上深くは関わるまいと、眠ろうとした。 その時である、信じられない物音が聞こえた。 「ちょっとあんたまさか……」 なるべく静かに移動しようとしているのはわかる。しかし、推定70キロはある重量が薄い天井板の上を移動しているのだ、物音を消すなんて出来ないのだろう。 誰かが這ってくる。 屋根裏への来客だ。 それはつまりさっきの男で、そいつがやって来たら何が始まるかはもうわかっていた。 「おい、やめろよ、ちょっと」 「今更でしょう、一度聞いたし顔も知ったんです」 「反対だって、顔を知られたら普通は恥ずかしくなるもんだろ」 「燃えますけど?視姦されてのセックスをする気分です」 「無理!!」 思いの丈を叫んだのに、綺麗な顔をした隣人には屁でも無かったらしい。 慌てて電器を消してから布団の中に潜り込み、耳を塞いだ。 しかし、その対応は間違いだった。 薄い天井板一枚を隔てているだけでは、同じ部屋にいるのと同じなのだ。 しんとした分何もかもが鮮明に聞こえた。 ──持って来た? ──持って来たけど……本当にいいのか? ──やって欲しいとお願いしてるんです、あなたとは相性がいいし、テクニックにも文句はありません、でも私には変な性癖があって今まではいつも不完全燃焼でした。嫌ですか? ──嫌なわけ無いだろ?ただ俺は初めてだから…痛かったりしたらどうしようかと心配だ。 ──教えますよ、どこをどうして欲しいか…… 一体何が始まるのか。 聞くまいと耳を塞いだつもりが手を離し、布団を捲り上げて聞き耳を立てていた。 暫くの間無音だった天井裏からは熱烈なキスが目に見えるようないかがわしい音が聞こえて来る。 ゴソゴソと蠢く衣擦れの音は抱き合っているからなのか、服を脱いでいるからなのかはわからない。 物凄くびっくりしたのは天井裏に突然灯りが灯った事だ。思ったりも隙間が多く、細い光の筋が何箇所からも降って来る。 いつもは反対の筈で、その気になればどこかの隙間に目を当てれば部屋の中は丸見えだろう。 「まあ…見られて困るようなものは無いし……」 そんなつまらない事をするような人物とは思えない。そういいかけて口を塞いだ。 始まったのだ。 何が始まったのかはわからないが、「何か」が始まった。 空気に粘度があるような一際大きな呼吸音は、綺麗な顔をした隣人だと思う。 そこに少しずつ、少しずつ唸り声が混じって来る。 「ひい……」 怖くて、何が怖いのかわからないまま蚊の泣くような悲鳴が出た。 気が付いたら隣人の呼吸に合わせてしまうのだ。 吐いたら吐く、息を止めれば止めてしまう。 それくらい鮮明に聞こえる。 痛く無いか?と男が聞いた。 しかし、返事は無い。 このまま止めもせずに聞いていていいのか迷っている。 2人はセックスをするのだと思い込んでいたが、もしかしたら嘱託殺人の現場にでも居合わせているのかもしれない……などと、ふと思ってしまった。 だって、何もかもが変だろう。 登り降りは梯子を使い、暑いし寒いし、油断すれば薄い板の床(天井)なんか簡単に抜けてしまう、そんな立って歩くスペースも無いような場所に住むなんて変だ。 セックスなんでやった事ないから具体的にはどうとか言えないけど、キスをして抱き合ってあんな事やこんな事をやっている様子でもない。 もしも、朝になったら天井から滴った血で真っ赤っかだったなんて冗談では無い。 「あの、あの、大丈夫ですか?早まらないでください、思い止まってください」 必死の訴えかけなのに益々荒ぶる大きな呼吸音しか聞こえない。 「あの!せめて返事をして!じゃ無いと押しかけますよ!登りますよ!」 短い箒で天井を、突いてみた。 あまりにも怖くて前程の勢いは無く、弱々しい音しか出なかったが天井板に直接背中を付けているなら伝わるだろう。 すると反応があった。 見に来てもいいよ、と。 本当に行ってやろうかと思ったが、「そこ…」と吐息混じりの上擦った声が聞こえて一気に萎えた。 どんな変態的行為をしているのかは知らないが、続いて聞こえて来た、濡れ色を含んだ声には慌てるような剣呑さは一切ない。 ──あっ…ああ……いい、…そこです、そこです、揺らして、揺らしてください、あ…あ…あ…そう!そこ!あっ!ああぁぁ 「声……デカい…」 もしかしたら隣も、反対側の隣も、階下までも聞いてるかもしれない。 「他の住人は見た事ないけど」 どんな人が住んでるかは知らないが、屋根裏に誰かが住んでいる事を告知しないで部屋を貸したりしないだろう。 公認なら好きにすればいい。 アホらしくなって布団に寝転がった。 疲れは吹っ飛んでしまったからすぐには眠れそうに無いが変な実況は面白くもあった。 ──ちょっと…もう我慢出来ないんだけど… 切迫詰まった男の声も濡れている。 どんな体勢で何をやってるのかは今度聞いたらきっと教えてくれたりしそうだ。 「変態だからな」 ──入れて、このまま入れてください、抜かないでいいから ──でもまだ…あ、クソ…… ──自分でするなんて勿体無いでしょう、ください、大丈夫だから そこで例のタプタプと肌を打つ音が始まった、最初はタプ、タプと甘い溜息だった。 ぬちゃり、ぬちゃりと木を伝うように響いて来るのは固まってない飴を混ぜるような音だ。 そのうちに肌を打つ音は頻度を増して来た。 2人の息遣いはほぼ瀕死状態、しかも末期の喘ぎと変わらない。 ──ああ…ああ……揺れる…いい、あ…いい、最高です…ああ…ああ!ハァ…あ… ──保たない…もう駄目です、保たない、ああ、ああ…ハァ、ハアああ こんなにも早く腰を動かす事が出来るものなのか?(見えてないけど) タプタプタプタプ その合間に「あんあん」とかが「ひいひい」とか濁点の混じった長い悲鳴とか。 怒涛の突きは耐える事なく天井板を揺らし、柱を伝って建物を揺らす。 オーバーなんかじゃなくて本当に揺れているのだ。獣の交わりの方が余程品がいい。 絶える事なく続く2人の嬌声は知らない人が聞いたら悲壮な悲鳴と同じだ。 「男同士だな…間違いなく」 思わず出た呟きはドンッと聞こえた激しい音に邪魔された。どうやら腕か足が天井板を打ったのだろう。 ──もう駄目です、イキます、イキます、う、あああ…… ──もう少し、もう少し、揺らしてください、あんん、ああ、ああっ!! ──あ、あ、あ、ああぁっ!! って…。 たかが吐精1度に劇的な声を出す。 もう真横で聞いてるといっていいくらいの近くで悲鳴を聞いたら静かになった。 デザートみたいなおかわりもあったけど、2回目は比較的に静かで気が付いたら朝になっていた。
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