神の子からの贈り物

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 朝の光を浴びて、1人の小さな少年が新雪のように真っ白でふかふかのなベッドの上で目を覚ます。 「おぼっちゃま、お目覚めですか?」  白い衣に身を纏い、杖をついた老人が少年のベッドの下から声を掛ける。少年の眠るベッドは階段を挟んで、老人がいるところより少し高いところにあった。少年はベッドの上で身体だけを起こして澄んだ紅い瞳で老人の方を見る。 「おはよう、じい。」 「おはようございます。おぼっちゃま。恐れ入りますが、今朝はご粗相などはされておりませんか?」 少年はそう尋ねられて、少し顔を赤くして、ふんと顔を背けた。少年の顔の動きに合わせて美しい金色の髪がフワリと跳ねる。 「何を言うか。僕はもう寝しょんべんをする年頃じゃないぞ。」 「失礼致しました。」 老人がわざとらしく深々と頭を下げる。 「おぼっちゃま、お父様がお呼びです。ご支度を。」  少年ははぁとため息をつき、分かった、と言った。朝から親父の話など聞きたくはない。  少年の名はアレスと言った。父の名はゼイレス。遠い祖父の名はゼウスと言い、下界では我々一族は神として崇められていると言う。そうは言ってもアレスは下界を実際に見た事がなかったので、下界の事は話に聞く程度にしか知らなかった。 「よいか、アレス。」 父ゼレウスは頭を垂れるアレスに向かって言う。父ゼレウスは高貴なお方であるので、いかに息子と言えど話を聞く時は頭を垂れなければならない。 アレスは昔からこのしきたりが嫌だった。 「我々神々は日々下界の秩序が狂わないよう誠心誠意励まねばならない。過去の神々の過ちは何度も話しておるな。」 父は真っ白で、背もたれが見上げるほど高い玉座に座り玉座からアレスを見下ろすと、のっそりとしたしゃがれ声で言った。 「はい、存じております。」 何度も聞いてるから話さなくていいぞクソ親父。アレスは心の中でそう思った。 「そう、過去に地神ベネウスが地団駄を踏んで大地震が起こった。風の神シャネルがくしゃみをした時は下界にハリケーンが5つ出来た。よいか下界とはそれほどに脆いところなのだ。アレス。お前の行動の一つ一つが下界に影響を及ぼす可能性もあるのだ。それを忘れてはいかん。」 「はい。」 アレスは再び頭を垂れる。 「アレス。最近学校の方はどうだ?」 まだ続くのか。アレスはぜレウスに聞こえないように舌打ちする。 「まぁ、特に問題はありません。」 「‥‥‥友達、出来たか?」 「はい、何人か親しい友人がおります。」 「そうか。‥‥アレス、お前もそろそろ好きな子とか、」 「ゼレウス様、アレス様はもう出発されませんと学校に遅刻してしまいますぞ。」 何か言いかけたゼレウスの言葉をアレスの世話係、ジョバンニが遮る。先程アレスを起こしに来た老人だ。アレスは心の中でジョバンニナイスっと思った。時計を見ると時間はもう8時30分だった。急がないと9時の始業に間に合わない。それもこれもクソ親父の話が長すぎるのが悪い。少しトイレに行きたかったけれど、学校についてからでいいやと思って鞄を手に取り、急いで家を出た。 「行って参ります。」    アレスの学校は上空高くまでそびえるお城のようなところだ。始業近くになると翼の扱いが上手い上級生達や先生達が空から学校に入っていくのが見える。  アレスは学校に到着するなり、カバンを置きすぐにトイレに行こうと思った。しかし、同級生の女神の子に呼び止められる。 「おはようございます!ね、アレス様。今日の授業終わり空いてないですか?セイラーンと一緒に湖の方に遊びに行くのですけれど、一緒にどう?」  いかなる者の話であっても、一から十までしっかりと耳を傾けるように、と言うのが父ゼレウスの教えであった。だからこの時もアレスはサイレーンの話を一から十まで聞いた。 「ごめん、今日は帰って神道学の勉強をしたいんだ。また今度でもいいかな?」 「まぁ、それは残念。でもアレス様。今日は500年に一度きり、湖に虹がかかる日なのですよ。今日を逃してしまったら次に見られるのは500年後ですのよ。」 「うーん、そうかぁ。しかし、ジョバンニとの約束もあるしな。」 そんな事を話していたら休み時間は終わってしまった。  次の時間は占星学のテストだった。占星学は数ある教科の中でも難しい上に、出題された星の動きや気候条件を緻密に計算しなければならない。 とても無駄にできる時間はなかった。アレスは必死に問題を解く。いかなる事にも手を抜かず取り組む事、それが父ぜレウスの教えであった。 結果、アレスは占星学のテストに全力で取り組み、全ての問題を解き切った。周りの生徒達は時間が足りず悔しそうな顔をしていた。 テスト回収後、アレスは先生に呼び出される。占星術の先生はアレスに向けて言う。 「アレス、君の占星学の才能を見込んでお願いがあるんだが、どうか今度の占星術の地区大会に出てもらえないだろうか?」  アレスは二つ返事で了承した。自分の力を見込んで先生がお願いしてくれているのだから、断る理由はない。父からも自分の力を見込んでお願いされた事は決して断るなと教えを受けていた。アレスの回答に先生は大いに喜んだ。うん、やっぱり人のお願いは断るものではないな、アレスは思った。 次の休み時間の事であった。アレスが廊下を歩いてあると、その行手を阻むものがあった。 「おいアレス、お前占星術の大会に先生からスカウトされたんだって?」 大きな図体と石灰色のひび割れた肌。地神ベネウスの息子、デノスであった。その隣にはひょろりと背の高い、金の神の息子スメネオスが立っている。 「それに今朝フィファニーちゃんとも仲良さそうに喋ってたじゃねぇか。」  フィファニーとは今朝アレスに話し掛けてきた同級生の女神の子であった。タフィーピンクの長く美しい髪が特徴だ。 「別に少し喋ってただけだ。ちょっとどいてくれないかな。休み時間の間にトイレに行っておきたいんだが。」  アレスはなるべくクールを装って言った。いついかなる時でも、冷静さを欠いてはいけないというのが父の教えだった。デノスはさらに凄んで言う。 「それは出来ねぇな!占星術の大会の座はオレが狙ってたんだよ!それにフィファニーちゃんももともとオレが目をつけてたんだ!何でもかんでも横取りしやがって!」 そーだそーだ、と横からスメネオスが声を上げる。 「そんな事を言われても、困る。」 アレスは冷静に答える。 「とにかく、オレはお前の事が何もかも気にくわねぇんだ。勝負だアレス!」 地神の子、デノスはそう言うなり右手を上げて土爆弾を飛ばしてくる。 「ええい、うっとおしい。」 アレスは顔をしかめてそれを魔法の障壁で弾いた。 「やめないかデノス。学校の廊下で争いを起こせば周りに迷惑がかかってしまう。」 「そんな事、知った事かぁ!」 デノスはアレスの言葉に聞く耳を持たずに怒鳴った。デノスが両手を床に当てると、巨大な地響きと共に地震が巻き起こる。周りから悲鳴が聞こえてくる。 「やれやれ、しょうがないやつだ。」 アレスは呆れて呟く。それからデノスの隣へと高速で移動するとその首筋に一発手刀を食らわせる。 デノスは手刀を喰らった瞬間、まるで眠りに落ちたようにどさりと床にうつ伏せに倒れた。それと同時に地震もおさまる。アレスはふぅとため息をつくと、今度はスメネオスの方をきっと睨んで、 「お前もやるか?」 と尋ねる。スメネオスは涙目になって、何やら叫び声を上げて走って逃げていった。スメネオスはお金の神の子なので、走ると小さな金塊が飛び散った。 「やれやれ。」 アレスが安心したのも束の間だった。すぐに先生達が何事があったのかと駆けつけてきた。そこには廊下の床でのびるデノスと、そばに佇むアレスの姿があった。アレスは必死に事情を説明しようとしたが、学校内で喧嘩をした事をこっぴどくしかられた。 アレスは疲れ切って1日の学校生活を終えた。最後の授業を終えると、アレスは真っ先にトイレに向かおうとした。しかし、その時さらにアレスに声を掛ける者があった。 「アレス様、聞きましたよ。先程あのデノスと喧嘩したんですって?お怪我はありませんでしたか?」 声を掛けてきたのはフィファニーだった。その隣には水の神の子、セイレーンもいる。 「特にケガはないよ。ところでフィファニー、僕は今急いでいるんだけども、何か用事があるなら明日でもいいかな?」 しかしフィファニーは許してくれない。 「ダメですよ。今日は是非幻の湖に一緒に行って欲しいのです。今日は500年に一度の特別な日なのですから。」 アレスは焦る。少し、足をモジモジと動かす。 朝からトイレを我慢しているのだ。もう限界が近い。 「分かった。一緒に行ってもいいからどうか先にトイレに……」 「まぁ!本当ですか!?嬉しい!行きましょうアレス様!」 フィファニーは顔をパッと輝かせると、アレスの腕を掴んだ。その瞬間、アレスはその腕を強引に振りほどくとトイレに向かって駆け出す。もう我慢の限界だ。 「アレス様!どこに行くのですか!?」  後ろからフィファニーの声が聞こえたが、無視して走った。走ると膀胱がはち切れそうになって、変な走り方になる。西日が窓から入ってきて、紅く染まった廊下をひたすら走った。この歳で学校でお漏らしをするなんて屈辱を味わいたくはない。アレスは涙目になりながら走っていた。トイレはすぐそこまで迫っていた。赤と青のトイレのマークが見える。青い男のマークと赤い女のマークでは、背中から生えている翼の形が少し違う。 アレスがトイレの看板を見て安堵したその時だった。アレスは誰かに強く右腕を掴まれる。 「待ってください、アレス様。いきなり逃げるなんてあんまりじゃあないですか!」 そこには同じく少し涙目になったフィファニーの姿があった。 「フィファニー……。もうダメなんだ。」 「え?なんの事ですか?」  アレスは股間の辺りに温かい感触がじんわりと広がっていくのを感じた。朝から我慢していたので、大量のおしっこが溢れ出てくる。やがて下着の吸水範囲を越え、おしっこは床へと滴るりおちる。床へと滴ったそれはやがて床下へと広がり、さらに地面をつたって下界へとぽつりぽとりと落ちていった。 その日、下界では急な夕立が降った。
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