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だが私はSの容姿に対してコンプレックスを抱いていたわけではない。私はある時期から女性らしさを象徴するもの――スカート、ブラジャー、化粧など――にひどく嫌悪感を抱くようになった。
Sとの密会を始めた頃と同時期でもあるが、それら以外の面――所作や言葉遣い、清潔さ、人としてのマナーなど――でSに釣り合うだけのパートナーであろうと努めた。
◇
印象的な出来事がある。ある日のこと。Sは私に「スカートを買いたい」と言い出したのだ。驚きはしたものの、私はSの買い物に付き合うことにした。駅ビル内の服屋を回るのは正直苦痛だった。だが不思議とSといると安心した。
Sとは音楽の趣味も合うため、彼が望むスカートがどのようなものであるかという察しはついたが、いざ探し始めると、目当てのものはなかなか見つからない。何軒か回って、それから地下鉄に乗り、また別のエリアの駅ビルまで足を伸ばした。
私の足が疲れ始めた頃、ようやくSの眼鏡にかなうアイテムが見つかった。試着するわけにはいかないので、私のウエストを参考にサイズを選んだ。ヒトとしての骨格上、私よりもSのほうが骨盤は小さいのである。私よりもひとつ下のサイズでいいだろうと判断した。
レジカウンターへはふたりで向かったが商品を手渡したのは私だ。Sは一歩下がって私を見守る。
――プレゼント用ですか?
店員の声掛けに反応したのはSだ。私も彼にならった。支払いのタイミングでSは私の右隣に立ち、スマートに会計を済ませた。ずるいと思った。
黒を基調としたショップだったため、スカートは黒い紙袋に入った状態で私に手渡された。ショップを出て店員の目の届かないところまで進み、私はそっとSに紙袋を手渡した。Sは嬉しそうに「ありがとう」と言い、目を輝かせた。可愛いと思った。
私はSを可愛いと思っていたのだ。
Sという人間を可愛いと思っていたのだ。
ただ、それだけのことである。
残酷なようだが――――。
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