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風呂から上がるとヒロの予想通り、ナシオは明日の仕事の資料に目を通していた。生真面目なナシオは休むという概念がよくわかっていないらしい。邪魔をするのも気が引けるため、ヒロは黙ってナシオの隣に敷いた布団に身を移した。
「明日は何時起き?」
資料から視線を上げたナシオが問いかける。
「明日は午後に現場入りすればいいから、午前中はゆっくりしていられるよ」
「そっかあ」
ヒロの返答にナシオは小さな口を手で覆ってクスクスと笑いだす。
「どうかした?」
「いや、明日の朝、ヒロをどうやって起こそうかなあって思ったんだ」
「どうして?」
「ヒロの寝起きの悪さは知っているつもりだよ」
ナシオは手元の資料を集めて、それらをクリアケースにしまう。どうやら寝支度をするようだ。ヒロもナシオにならい、客間の明かりを消そうと布団から出る。
「全部消す?」
「どっちでもいいよ」
「じゃああっちの部屋は薄くつけておこうか。足元見えたほうが安心だよね」
ヒロは二間続きになっている客間の――ナシオとヒロが寝る部屋ではないほうの――明かりを調節し、ナシオの寝支度が整ったのを見届けると、もう一室を消灯する。
「おやすみ」
「おやすみ」
ナシオはヒロに背中を向ける形で眠りにつく。ナシオは寝顔を見せることも嫌がっている。子供のように丸く小さな背中を一心に見つめながら、ヒロはひとり嘆息した。
「――ヒロ、まだ起きてる?」
深夜。隣で寝ているナシオが小さな声で問うた。
「起きてるよ。どうかした?」
もともと夜型の人間で、いつもなら当然起きている時間だったので、ヒロはナシオの問いかけにすぐさま答えることができた。
「あのね――」
ナシオが身体をこちらに向け、視線をそらして語り出す。
「――どうしても、人を愛せないんだ」
「人を?」
「うん」
「それは人間として?」
「たぶん違う」
「じゃあ恋愛として?」
「たぶん、それ」
「……そっか」
恋愛として、人を愛せない。
ナシオからの告白を受けても、ヒロはとくには驚かなかった。なんとなく、そんな予感がしていたからだ。
「何か悩みがあるの?」
こうしてわざわざ話を切り出したのには、何か理由がある。
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