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ナシオの話はこれまでにもいくつか聞いてはいた。対人関係における潔癖症とでもいえばいいのだろうか。人から触れられるのを極端に嫌う。高校に入学するまではたとえ友人同士であっても、ペットボトルの回し飲みができなかったそうだ。
それならば単に性に対して淡白なだけなのでは。ヒロがそう問うと「いっときはそうじゃないかとも考えた。だけどそれはたぶん違う」とのこと。ナシオは自分のこともよくわかってはいないようだ。他人のヒロには同じ視点に立つことすら難しいだろう。
「なんて言えばいいのか……簡単に言えば、いままでの人生において、この人と一緒にいたいだとか、この人の手を握りたいだとか、キスしたい、セックスしたい――そういった感情を誰に対しても一度も抱いたことがないんだ」
「それはナシオがそういう人と出会わなかっただけじゃないのか?」
ヒロはわかっていた。この言葉がナシオだけではなく、自分自身を傷つけるだろうということを。案の定ナシオは少し顔を歪めたが、そのまま会話は続いた。
「それは違う。いままでふたりは好きだなと思った相手に出会ったよ。たぶん、相手もそう思っていたと思う」
「じゃあどうして付き合わない?」
「逆に聞くけど、どうして付き合わなきゃならない?」
「どうしてって、それが普通――」
「そう、普通。それが普通だってことを、つい最近自覚したんだ」
「何があった?」
「別に。地元の幼馴染と飲んでて、当然そういう話になったときに、いかに自分が普通とはかけ離れた存在だったということにショックを受けただけ。連中の恋愛事情についていけなかった。嫌悪感すら抱いた」
ナシオは泣き出さないように無理に笑顔を作って見せた。いつも強がりなナシオ。だがヒロはナシオがいかに繊細で、壊れやすいかを知っている。もうこれ以上、抱えこんでほしくはなかった。
「ナシオはナシオだよ」
「そうだね。でも周りはそう思わない。相談もできない。こんな話を打ち明けたのはヒロが初めてなんだ」
「初めて……」
「ヒロなら、受け止めてくれると思ったから」
「ナシオ……」
「なあ、どうして人間として好きになるだけじゃ足りないの? どうしてそこに肉体関係まで求めなければならないの?」
「ごめん、わからないよ」
「ヒロはどうなの? したいの?」
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