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ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン。
目の前の少女が声高らかに童謡を口ずさみ、器用にも水溜まりから次の水溜まりまで軽やかなステップを刻む。少女の赤い長靴が薄汚れた水溜まりに沈むたびに、彼女の後ろを歩く私にぴちゃりと泥水が跳ね上がった。
私はそれを不快に感じるものの口には出さずに、ああ、運が悪かったのだなと思うように努めた。
少女の後ろを歩くことを止め、別の道を進めばいいのだ、という声も聞こえる。だが実際に駅へ向かう道は今歩いているこの道しかなく、私は仕方なしに進むしかないのだ。
少女よりもペースを落として、あるいは速めて、彼女という障害を乗り越えればいい、という声も聞こえる。だがそのために自分のスピードを変えることは面倒なことのように思えた。自分の道は、自分のペースで進みたいものである。
「汚れちゃったね。大丈夫?」
口を閉ざし、淡々と歩みを進める私を不機嫌だと捉えたのか――実際に機嫌を損ねていたのは確かなのだが――私の隣を歩いていたSという男が私を気遣い、声をかける。Sは私が人並み以上の好意を寄せていた相手であり、彼もまた、私を好いていたと人づてに聞いたことがある。
私とSとの関係は有り体に言えば〝友達以上、恋人未満〟というところだろうか。付き合っているわけではない。デートという甘い言葉に当てはまるほど親密なわけでもない。私はSと波長が合うと感じていて、実際に彼と過ごす時間は穏やかなものであったという確信もあった。
「白のスキニーだと、もう汚れ落ちないかもしれないね」
Sは私の足元を見て、すまなそうに眉を下げる。
「雨の日を選ぶんじゃあなかった」
「そんなことないよ。雨は嫌いじゃない」
嫌いじゃないとは便利な言葉である。
「雨、は」
私は歩みを速め、Sよりも前に進む。冷たい雨が私を濡らしたが、もやもやとした思考を払拭するには最高の温度だった。
「雨は?」
Sが私を追いかける。そっと影が差す。私を濡らす雨粒は遮られた。
「私は言わないだけで好き嫌いが激しい人間だからね」
「私は嫌われているの?」
「嫌いじゃないよ」
「そんな言い方じゃあ不安になる」
「好きだよ。私は好きだよ」
「本当に?」
「好きだって言ってるじゃん」
「よかった」
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