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うふふ、と隣を歩くSが喜びを表す。私はどこか辟易して、彼を視界に入れないように再び前を歩く少女へと目をやった。
ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン。
水溜まりに着水することに飽きたらしい少女は、今度は傘をくるくると回し始める。女の子らしい、キュートなキャンディー柄の傘は鬱蒼とした雨の日にも鮮やかにその存在を主張した。学校帰りなのだろうか。キャンディーの傘の下からは時折真っ赤なランドセルが顔を覗かす。
当たり前のように赤いランドセルを背負っていた十数年前の記憶はどこへ行ってしまったのだろうか。黒のほうがかっこいいと思っていたが、周りは皆、当たり前のように赤いランドセルを背負っていたから、私も赤じゃないといけないのだと漠然と思っていたのだ。
「ピッチピッチ、チャップチャップ、ランランラン」
Sの第一印象は宇宙人のような男である。私に傘を半分以上譲り、自分は冷たい雨に打たれながらも、どこか上機嫌に少女と同じフレーズを口ずさむ。Sの幼少期の話を聞いたことはないが、彼もまた、私と同じ思いを抱いていたのかもしれない。黒いランドセルを背負ったSの姿など、思い描けないのだ。
私たちの気配を察したのだろう。少女がふいに振り向き、私とSの顔を見る。それから視線を下へ流し、私たちを見比べ、それからもう一度顔を見て、言った。
「おねえちゃん……?」
少女は首を傾げたが、それからは何も発さずに、駅へと向かう道を進んだ。
「――今の、どっちだと思う?」
「私でしょ」
「私だったらどうする?」
「私は悲しいよ」
「私は嬉しい」
「だろうね」
「私、綺麗に見えるかな?」
「少なくとも私よりはスカートが似合うね。似合いすぎて隣を歩きたくない」
「それは嫌だ」
「冗談だよ」
「本当に?」
「Sは私よりも綺麗だよ」
私は本気でSを綺麗だと思う。あめふり少女が口にした〝おねえちゃん〟は、私ではなくSを指していたのだろう。ロックな服装のせいもあるだろうが、Sは長い髪を腰まで伸ばし、アイメイクを施し、細身のパンツの上にスカートを履き重ねているのである。
それに対し私はシンプルなカラーシャツにスキニーパンツ、スニーカー、ショートヘアーにすっぴんである。私もSも細身で背丈もあまり変わらない。幼子の目には私ではなくSが〝おねえちゃん〟に見えるだろう。
「そう。私よりもきっと綺麗」
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