君にさよならと告げた日

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 そのことを、吉川は榊に伝えられずにいた。心のどこかで、榊もまた、セクシャルマイノリティーではないかと思っていたからだ。言葉にせずとも、うまくやっていける。甘すぎる考えだった。 「なあ、吉川……俺たちは、ゆっくりいこう。焦らないで」 「……はは、そうだね」 「じゃあ、いいの?」 「うーん」  榊を待たせすぎていたらしい。吉川はわざと濁して、改めて電光掲示板に目をやった。  と同時に電車の到着を告げるアナウンスがホームに流れる。予定より三分遅れだ。 「あ、来た」 「これ?」 「うん」  電車が吉川たちの前で停まる。車内に流れ込む乗客たちの波に乗って吉川もそっと足を進めた。 「待ってるから」  乗り込む直前、榊は吉川にしか聞こえない声でそう言った。 「ずっと、待ってるから……」  吉川が肩越しに振り返る前に無情にも扉は閉まる。  がくんと車内が揺れ、危うく転倒しかけたが、何とかバランスを保つことができた。  空いている席に座り、一息つくと、すでに駅は遠ざかっていた。  ――ずっと、待ってるから……。  別れ際の榊の言葉が耳から離れない。  どうしてそんなに苦しそうな声で言うんだ。  どうしてそんなに切ない響きを含めるんだ。  吉川は両手で口元を覆い、欠伸を噛み殺すフリをして、小さくその声を絞り出した。 「……さよなら」  了
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