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そして短い打ち合わせを終え、椅子とテーブルのみの簡素な控室で睨み合っているのもまた、皐月結衣と支倉愁だった。
紙コップの麦茶を飲み干すと、椅子に座ったまま「はあ」と女子高生らしからぬため息を結衣が漏らす。
「どうしました」とそんな彼女に尋ねるのは、扉付近で手帳を繰っていた年若いスーツの男。彼女のマネージャーである葛西誠太郎は小動物じみていて人懐こそうな目を向ける。短く茶色の髪がつんつん立っている様子は、まるでハリネズミだ。
「これでもうこいつに会わなくて済むんでしょ? せいせいするわ」
うっと息を呑む誠太郎。そして背に垂れる黒髪を結わえる結衣を他所に、彼女に指をさされた愁は立ち上がった。キャンディーが噛み砕かれ、がりがりと口の中で音を立てている。
「桐子さーん。今日送ってくれるんですよね」
それに応じるのは、部屋にいるあと一人。黒い髪を短くひっつめた、二十代後半ほどのきりりとした女性。支倉愁のマネージャーである、東条桐子だ。
「なに、もう帰る準備できたの?」
少し離れた席で仕事用のタブレットを操作しながら器用に顔をあげる。
「この性悪女と一秒でも同じ空気吸いたくないんで」
今度は愁が結衣を指さす番だった。「よく人のこと言えるわね、支倉」椅子を引いて立ち上がり、どんと音を立てて鞄をテーブルに置く。女子高生らしく鞄につけた犬のマスコットが乱暴に揺れる。
「あれ、皐月のことだって言ってはないんだけど、自覚あるのか」
「自覚? それぐらいあるわよ。あんたといると性格曲がるっていう自覚はね」
「そりゃーよかった。俺もすっきりするぜ。二度とおまえの顔見なくて済むんだからな」
「全く。楽な仕事なんてないわね」
「ま、その九割は共演のせいなんだけど」
「あら、奇遇ね。私は九割九分だけど」
テーブルのこちらとあちらから身を乗り出し、ぐぬぬと互いに歯噛みする。先ほどスタジオで見せていたのとは全く真逆の態度だ。だが、周りの大人――桐子は再び仕事に専念し、誠太郎はほとほと困ったという顔をしながらも驚いた風は微塵もない。
これが近年の売れっ子若手役者、支倉愁と皐月結衣の本来の関係だった。
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