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2-1
三月に卒業生を見送り、四月に新入生を迎えた校門のそばの桜には、まだ花びらが残っていた。それが爽やかな風に惜しげなく散っていき、青々とした葉が枝を覆いつくそうとしている。
眠たげな上級生や、まだ緊張の抜けない新入生が校門をくぐり、今日一日の始まりを迎えていく。創立百年を超えた公立進学校、四ノ宮高校の校舎は、古臭さはぬぐえないが、今日も生徒たちの活気に満ちていた。
そんな新入生の教室が並ぶ校舎、廊下の角を曲がった彼女は、少々のざわめきの中で柔らかくにっこりとほほ笑んだ。肩に下げられた鞄では、犬のマスコットが機嫌よく揺れている。
「おはよう、愁くん」
まるで、桜の咲き誇る「春」を体現するような、鮮やかで晴れやかな振舞いだった。対する彼も、それに爽やかに片手をあげて応じる。
「おはよ、皐月ちゃん」
まるで青春ドラマの一幕のような光景に、登校してきたばかりの生徒たちは、口々に囁き合った。
「ほんとに可愛いよな、皐月ちゃん。やっぱ五月の姫だよな」
「さすが哀愁王子。朝からかっこいいなあ」
さらさらの黒髪を肩から流し、平均値の身長を制服に包み、姿勢よく歩いていく。
小顔に備わるぱっちりした瞳。美人だが、気高く近寄りがたい、というよりは愛嬌のある可愛らしい彼女。五月の姫。
少し茶色がかった髪に、毅然とした立ち居振る舞い。整った顔立ちは派手過ぎず、どこか愁いが見られる。いわゆるイケメンというよりは、精悍さを相手に感じさせる彼。哀愁王子。
二度と会うまいと誓った二人、皐月結衣と支倉愁は、不覚にもそのひと月後に再会することとなった。その後の三年間、同じ屋根の下に通い続ける毎日と共に。
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