ひとつの椅子

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 梨花に会うのは十年ぶりだった。  梨花は小学生の頃からの私の親友。  梨花と私は、マンガが好きだということがきっかけで仲良くなり、毎日アニメやマンガの話をして過ごしていた。  中学生になったもそれは変わらず、私たちは「せっかく中学生なのにちっとも青春してないね」と笑いあっていた。  確かに少女マンガのような恋愛をしたり、部活に汗を流したり。そんなキラキラした青春ではなかった。  だけど今思えば、二度と戻れないあの日々は、立派な青春だったのだろうと思う。  月日は経ち、私たちは別々の高校に進学した。  最初はメールのやり取りをしていたけれど、その内、それも無くなり、完全に音信不通になった。  風の噂で、梨花が高校を中退し、母親になったと聞いた。  私の記憶の中の梨花は、出産どころか男子と口を聞くのも見たことがないオタク女子だったから「ああ、変わってしまったんだな」と思った。  大学生になり、私は梨花のことなどすっかり忘れてキャンパスライフを楽しんだ。  オタクサークルやオフ会で会った人たちが友達になった。  時が経ち、就職をして少ししたあと、私はSNSで彼女にフォローされた。  恐る恐る彼女の投稿を見ると、予想通り、彼女の投稿には子供のことばかり。  キラキラした生活。作った料理や家事のライフハック、夫の愚痴、どれも独身OLの私には縁のない話題ばかりで、梨花をますます遠く感じた。  相変わらずアニメやマンガの事ばかり投稿している自分がバカみたいだった。  今度合わないかと連絡が来て、私たちは合うことにした。  何を話したらいいんだろうと初めは怖かったが、待ち合わせ場所に来た梨花の顔は、中学生の頃とそんなに変わっていなかった。  お互いの近況を報告し合い、昔の思い出や共通の知り合いについて話し、やがて話題がつきると彼女は子育てのことを、私は入ったばかりの会社や今ハマっているアニメのことを話した。  子育てや結婚生活のことは全然わからず、私はただうなずいているだけだったけど、SNSで事前に知っていたからか、想像したよりは気まずくなかった。  でもやっぱり、自分とは違う人生を歩んできたんだなという気持ちは強くなった。  夜になり、私たちは別れ、家に帰った。  スマホを開くと、彼女のSNSが更新されていた。  そこには「親友と会った」という投稿があった。 「子供の頃の親友は、あの頃と同じようにアニメにハマっていました」  その一文にドキリとする。  悪かったな、いい歳をしてアニメにハマってて。  そんなことを思いながらスクロールをするとこんな文章が続いていた。 「彼女が好きなキャラクターについて話す時の顔は、キラキラと輝いてとても楽しそうに見えました。 私も子育てで時間が無くなってアニメが見れなくなったけど、子供がもう少し大きくなったらまた一緒にアニメを見たい、そう思いました。 ちなみにですが、私は今、一番下の息子と一緒にアンパンマンを見るのにハマっています。 他のものには目もくれず、アンパンマンばかり見て、と悩んでいた時期もありました。 でもそうしたら、育児書にこんなことが書いてあったんです。 『キャラクターを好きになるのは悪いことではありません。好きになったキャラクターは、いつか心の中から居なくなっても、そこに大切な椅子を残してくれます。そして今度はそこに大切な人を座らせることができるのです』って。 キャラクターを好きになるのは、人を好きになるのと同じくらい大切な事なんだって、私はその時に思いました。 そして、小学生の時、友達がいなかった私にアニメやマンガを教えてくれて、友達になってくれた親友のことを思いました。 私にたくさんの椅子をくれた親友は、私とは違い大学に行き、OLとして働いていて、遠い存在になったと思っていました。 だけど私の心をそっとのぞいて見ると、そこにはまだ私の親友が古ぼけた小さな椅子に座っていました。 彼女は他のママ友みたいに『〇〇ちゃんのママ』ではなく『梨花』と呼んでくれました。 そんな些細なことなのに、私はすごく感動してしまいました。 友達はいつまで経っても友達です。たとえ、境遇が違っても、いつまでも親友です。」  私はその投稿を読んだあと、そっと自分の心の中をのぞいてみた。  たくさんのキャラクターがいて目立たなかったけど、私の心のすみっこの暗いところに、確かに梨花は座っていた。  私は子供の頃――梨花と楽しく騒いでいた時のことを思い返す。  梨花は昔から、自分が知らないアニメや漫画の話でも、うんうんと楽しそうに話を聞いてくれる子だった。  自分の好きなことについて夢中で話すのを聞いていると、こちらまで嬉しくなるのだと言っていた。  梨花は昔とちっとも変わっていなかった。  勝手に相手のことを馬鹿にしたり羨んだりして遠ざけて、変わってしまったのはどっちだったんだろう。  梨花――梨花はいつまでも私の親友だよ。  時間ができたらまた一緒にアニメを見ようね。  つぶやくと、心の椅子に座った小さな少女がそっと微笑み返したような気がした。 [完]
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