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「ほほほ、車椅子を押してもらえば、いくらでも外出くらい出来ますよ。これまで何十年も歩き続けた道筋ですもの。いざとなれば、車で回って辻のところだけおろしてもらうことも出来るのよ。」
一子がどう教えたものか、彼女の式神の太刀風(たちかぜ)は車を運転することができる。
免許を持っている百々ですら、自分の式神の二千翔(にちか)にそんなことは教えられない。
つくづく規格外だよね、大おばあちゃんって――
そして、一度言い出したら聞かないのもまた一子だ。
「何も遠くへ行ってらっしゃいとは言っていませんよ。天空さんとご相談なさい。あの方の運転する車で隣県くらいは行けるでしょう。新幹線を使えば2時間で東京ですよ。ほら、簡単に行けるでしょ?」
「行けるけど、うーん・・・」
渋る百々に、一子はある名刺を出してきた。
それはかなり古いもので、色褪せている。
「もし、百々ちゃんと天空さんが東京に行くのならば、ご挨拶してきてもらいたいところがあるの。」
それが突然新婚旅行の話を出してきた理由かあ、純粋に私と天空さんの新婚旅行ってことじゃないんだね、大おばあちゃん。
百々は何となく理由を察した。
同時に、こうなると行かないという選択肢はほぼ消滅したことになったとも思い、心の中でどうしようと困った。
本来なら天空とも相談しなければならないのに、一子の一存で行くことにしてしまっていいものかどうか。
そんな百々の葛藤など一子はまったく気にも留めず、文机の上から古い名刺とハガキの束を手にとった。
そこに置いてあったということは、やはり最初から百々に見せる気でいたのだ。
一子が百々を呼んで何かを提案するとき、ほとんど確定事項になっていることが多い。
「こちらの方なのだけれど。」
そう言って一子が出してきたのは、東京の住所が書かれた居酒屋の名刺だった。
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