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その間も天空は無言で食事を食べ続け、ご飯をおかわりしていた。
食後、二人の部屋に戻った百々は、天空にことのあらましを詳しく伝えた。
すべては一子の言い出したことで、亡き祖母がすべての発端であることも。
「その居酒屋がどんなお店かはわからないんですけど、年賀状のやりとりが続いているってことはまだお店もやっているんだと思います。」
百々は天空に名刺を渡した。
天空はそれをじっと見て、住所を頭に入れているようだった。
「営業時間が遅いですね。」
「そうなんです。あの、だから、もしだったら私だけ行ってきても。」
「夕食を早めに軽いディナーにしましょう。ホテルもなるべく行き来しやすい場所にあるところがいいと思います。」
「え、あの・・・いいんですか。」
「新婚旅行ですから。百々さんだけ行かせるわけにはいきません。」
そう、新婚旅行なのに、夜の9時過ぎに新妻一人だけ居酒屋に行く。
それもあまりに妙な話だ。
百々としては天空に付き合わせてしまうのは申し訳ないという気持ちから出た言葉だったのだが。
「すみません、天空さん。」
「謝らないでください。自分も百々さんと旅行に行けるのは嬉しいです。」
冷静な言葉の中にも嬉しさがにじみ出ていて、百々は赤くなって顔を伏せる。
本心は、百々も天空と出かけることが出来るのは嬉しくて仕方ないのだ。
日ごろ、百々は『在巫女』の仕事を、天空は警察官の仕事をしていて、一緒にいることはない。
2人で出かけるのは本当にいつ以来だろうと思うと、百々はこみ上げる嬉しさに顔を上げられず、緩んでくる口元を必死で引き締めようとする。
だというのに、天空が百々の両手を取って握ってくるので、百々はますます赤くなっていつまでたっても顔があげられないのだ。
こうして百々と天空の1泊2日東京新婚旅行が決定した。
年賀状はすべて目を通して一子に返却した。
どれも手描きで温かみのあるものだった。
唯一、居酒屋の名刺だけバッグに忍ばせて、二人は東京へ旅立っていった。
名刺の表に書かれた「居酒屋まる」を訪れるために。
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