第三一話 幸せの聖花祭

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 夏の花祭に秋の花祭、豊穣祭、冬の花祭と三番地をあげて行われる祭には参加してきた慈乃だったが、聖花祭は聖花祭でまた違った空気感だった。  ポインセチアやセイヨウヒイラギ、クリスマスローズなどがプランターに植えられていたり、花によってはリースに形を変えたりして、街のいたるところに飾られている。 何より聖花祭の特徴を反映しているのが、まるで雪のように空から舞い落ちてくる花の加護で、どこを見回しても空気がきらきらと光っていた。  圧巻の光景に慈乃が呆けて立ち尽くしていると、ソニアに顔を覗き込まれた。 「どう、すごくない? きれいでしょ!」 「はい……。きれいです……」  慈乃が気もそぞろに返事をすると、その反応すら狙いのうちだったのかソニアはいたずらが成功した子どものように笑った。 「でっしょー! でもねでもね、聖花祭はまだ始まったばっかりだよ! ってことで早速あそこ行こうか!」 「『あそこ』ですか?」 「オレ達にとって特別なとこがあるんす」 「まあ、行けばわかるよ」  慈乃はソニアに腕を引かれるまま歩き出した。  街中にはやはり屋台が連なっていて飲食系も遊戯系もそろっている。聖花祭らしく手編みの靴下や花にまつわる雑貨を扱う屋台もたくさんあった。  途中の屋台でアウィル厳選の昼食を何種類か買いこみ、慈乃達はひとごみをすり抜けながら大通りから小路に入る。しばらく進んで現れた景色に、慈乃は目を大きくした。 「わぁ……!」  そこには冬であるにも関わらず青々とした野原が広がっていた。住宅街の裏手にあるので決して広くはないが、空を遮るものはなく、正面に顔を戻せば遠景が見渡せる開放感のある場所だった。そして足元をよく見ると、ゆったりと風に揺られている黄色の花と白色の花があった。 (サンダーソニアとアキレアだわ)  サンダーソニアの花はソニアが、アキレアの花はアキレアが花守として司る花だ。 「ここは……?」 慈乃が視線をあげるとその先でソニアが自慢げに笑った。 「ようこそ! 私達の秘密基地へ!」  両腕を大きく広げるソニアの傍らで、アウィルとアキレアも慈乃を歓迎するように笑顔で拍手をしていた。 「秘密基地……」  呆気にとられる慈乃にソニアは眩しい笑顔を向ける。 「そうだよ! 私達が小さいころに見つけてからずっと使ってた場所なんだ」 「多分ウタ兄さん達も知らないんじゃないっすかね」 「何かにつけて僕達が集まる場所はここって決まってるんだ。ちょくちょく手入れに来てたからか、ほら、アキレアとサンダーソニアが咲いてるでしょ?」 「ああ、そういうことだったのですね」  どうして意図したかのようにサンダーソニアとアキレアの花が咲いているのかようやく納得がいった。そして、彼らがどれだけこの場所に愛着を持ち、大事にしてきたのかも伝わってくるようだった。  そんな大切な場所を自分に紹介してくれたことが、慈乃を心底嬉しくさせる。 「こんなに素敵な場所を教えてくださって、ありがとうございます……!」 「あったり前だよー! だってシノちゃんも私達と同い年の学び家の家族なんだから!」 「そっすよ! あ、兄さん達には内緒っすよ?」 「ふふ、はい。わかっていますよ」 「今度はここにカモミールの花も加わるのかぁ。楽しみだな」  アキレアの言葉に、慈乃もまたいつかのこの場にカモミールの白い花が咲き乱れる様を想像する。それはとても素敵な未来のように思えた。  すると突然ソニアがぱんと手を打った。 「ってことでここでお昼ご飯にしよう! 私、お腹空いちゃったよー」 「僕もだよ。早いところ準備しちゃおうか」 「うっす!」 「そうですね」  先ほど屋台で買った昼食を配り終えると、アキレアが手を合わせて号令をかける。 「それじゃあ、おててをあわせて、いただきます」 「いただきまーす!」  こんなところに学び家での暮らしの一部が残っていることが慈乃の胸を温かくする。  たとえ一緒に学び家で暮らしたことはなくても確かに彼らも家族の一員なのだということを慈乃は改めて実感するのだった。
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