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昼食の時間が終わると、食堂から追い出された件の五人は朝のように客間に集まった。
窓際の床には茣蓙を敷き直し、その上でお腹いっぱいになったマリカがうつらうつらしている。そんな彼女を膝に抱えながらツクシは器用に眠っていた。
手持ち無沙汰な残りの三人は、カルリアが持ち出してきたジグソーパズルを組み立てていた。
「好奇心で手を出してみたけど、難しくてほっぽっちゃったんだよね」
三百ピースのジグソーパズルは完成したらノートくらいの大きさになるそうだ。柄はびっしり描かれた小花柄で、見ているだけで目がちかちかしてくる。
「……カルリア、お前飽きっぽいのにこんなのに手を出すんじゃねぇよ」
スギナはこれみよがしに呆れた溜息をついたが、手にしたピースをぱちりとはめた。そして、次のピースを拾ってどこに置くべきか考え始めた。
「さすがスギ兄、早いね」
「口じゃなくて手を動かせ、手を」
言いながら、スギナはまたピースをはめる。ここでようやく慈乃もひとつピースをはめた。
「スギ兄もシノ姉もパズルは得意そうだけど、絶対無言でやるでしょ。そしたら私がつまんないじゃん」
カルリアはピースをつまみ上げ、しばらく考えたものの諦めたのか、そのまま慈乃に手渡した。
慈乃はきょとんとしたまま掌にのせられたそれを見る。そして、どこに置こうか黙考し始めた。
「……カルリア……」
「スギ兄も欲しいの? しょうがないなー」
スギナに見咎められても知らないふりをして、カルリアは適当に拾い上げたピースをスギナに手渡した。
「……」
結局、スギナはそれ以上何も言わずに、渡されたピースの行き先を考えることにしたようだ。
ぱちん、ぱちんという音が五回ほど鳴った頃、口を開いたのはやはりカルリアだった。
「ガザから聞いたんだけど、言の葉語勉強してるんだって? 調子はどう?」
「文法は同じだったので、安心しました。少しは、読み書きできるように、なりました」
カルリアは軽く身を乗り出した。
「だったら、お手紙交換しない?」
何の脈絡もない提案に、慈乃は思わず目をぱちくり瞬く。
スギナがちらりと視線を上げて、カルリアの代わりに補足した。
「メリルのマイブーム」
「そうそう、スギ兄にもやってもらったんだけどね。いろんなひとに声かけてるんだ。ね、どう?」
手紙なんて長いこと書いていない。引き受けてしまっていいものかと、いつにも増して顔を強張らせた慈乃を見かねて、スギナが手を止める。
「正式な文書でもあるまいし、んな警戒しなくても大丈夫だって」
カルリアも明るく続けた。
「スギ兄の言う通り。というか、そんな真面目に書かれても逆に困っちゃうって。相手はメリルだよ」
ふたりにそう言われて、慈乃も思い直し、メリルとのお手紙交換を引き受けることにした。
「ありがとう! メリル、きっと大喜びするよ」
まるで自分のことのように嬉しそうに語るカルリアを見て、慈乃の心も温かくなったような気がした。
「スギ兄も、いつでも何回でもどうぞ」
カルリアが振り向くころには、スギナは再びパズルに向き合っていた。
「気が向いたらな」
「そんな素っ気ないこと言っちゃって。ほんとはめちゃめちゃ嬉しいくせに」
スギナは聞こえないふりをして、手元に集中し始める。次々とピースがはまっていくのを見て、慈乃も作業を再開した。カルリアだけはその様子を眺めているだけで、しばらくしてまた話を振った。
「今度の休日はお花見だよね。シノ姉はお花見ってしたことある?」
「……たぶん?」
小学校に上がる前に両親と近所の公園でお花見をした記憶が朧気にしかない慈乃は、いくらか自信なさげに答えた。
「そっかー。私はここに来てから初めてお花見を知ったんだけど、うちのお花見、楽しくて大好きなんだ。シノ姉も気に入ってくれるかな」
「五日後、ですよね。……はい、楽しみに、していますね」
「お花見の日はね、学び家を巣立ったひとも来ることがあるんだ。すごく賑やかになるの。今年もウィル兄がお弁当作って持ってきてくれるんだって」
スギナがつと顔を上げて、カルリアを見た。
「ウィル、やっぱり来るのか。年々、弁当の腕を上げてくるよな」
「『今年こそニア姉に勝つっす』って言ってたけど、今年からシノ姉もいるよって言ったら『意外なライバル⁉ シノさんがまさか今のニア姉の片腕とは……』とかなんとか。私が意外だと思ったのは、シノ姉とウィル兄が知り合いっぽかったことだけど」
カルリアに仰ぎ見られたものの、慈乃にはいまひとつその名前に心当たりがなかった。小さく首を傾げると、向かいでスギナが不思議そうな顔をしていた。
「ニアと初めて街に行った日に、会いに行ったってニアからきいたけど? ウィル……アウィルっていう名前で、シノと同い年くらいの男」
そこまで言われて、慈乃も思い出した。
「……あぁ。大人のためのお子様ランチの方、ですか」
「そう、そいつ」
「当日、シノ姉もお弁当準備するんでしょ。私も手伝うね!」
「ありがとう、ございます。助かります」
その後もパズルをしながら、他愛ない話を三人でした。
全開にしていた客間の窓から吹き込む風がやや冷たく感じられるようになってきた。窓を閉めようと慈乃が立ち上がると、外はすっかり夕方だった。夕陽の橙色が目に染みる。
気温が下がったからか、はたまた慈乃が窓を閉めた物音にか、いずれにせよ目覚めたツクシがぼんやりと前を見据えていた。
「ん~」
「おはよう、ツク兄」
気づいたカルリアが挨拶すると、ツクシは何拍か置いて「……おはよ~」と欠伸まじりに返した。完全には意識が覚醒していないらしい。
スギナはツクシを見て、それから壁にかかった時計を見上げた。
「ツクシ。そろそろマリも起こして」
ちょうどその時、客間の扉がコンコンコンと叩かれた。現れたのは役者のようなきれいな微笑を湛えたサーヤだ。
「お待たせ。パーティが始まるから、食堂へどうぞ」
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