第三一話 幸せの聖花祭

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「ただいま戻りました」  玄関で慈乃が声をあげると向かいの保健室からウタセが顔を出して「おかえり、シノ」と微笑んで出迎えてくれる。 「どうだった、聖花祭の街は?」 「花の加護が雪のようできれいでした。街もいつも以上に賑わっていましたし、ソニアちゃんたちのおかげで楽しめましたよ」 「そっかそっか。楽しめたようで何よりだよ」  慈乃とウタセが廊下で立ち話に興じていると、厨房の方から「おっかえりー、シノ!」という元気な声とともにニアが姿を現した。 「帰ってきて早々に悪いんだけど、夕飯作り手伝ってくれるとすごく助かる!」 「あ、はい! すぐに行きます」  慈乃は廊下の奥から正面へと視線を元に戻した。 「そういうことですので、ウタくん、また後で」 「うん。夕飯楽しみにしてるね」  慈乃は持っていた手荷物を自室に置き、洗面所で手洗いとうがいを済ませ、再び一階へと階段を降り、厨房に入った。 「お待たせしました、ニアさん」  調理台の上には美味しそうな料理の載った何皿もの大皿が置かれていた。どうやら慈乃が手伝わずとも料理自体はほとんど完成しているようだ。 「あ、シノ! 悪いんだけど調理器具とか片付けてもらっていい? もうとっちらかっちゃってさ!」 「はい……!」  調理台の片付けまで済ませ、料理を食堂に運び終えるころには午後六時を少し過ぎていた。今晩は平時より早めに夕飯をとることになっていることは周知していたので、子ども達も午後六時ごろには食堂に揃っていた。  ニアが前に立っていつもの食前の号令をかける。 「それじゃ、皆さんおててをあわせていただきます!」 「いただきまーす!」  今日の夕飯の慈乃の席はテーブルの端で、向かいにウタセ、左隣にクルル、はす向かいにホノが着席していた。 「ねえ、ウタ兄。今年のプレゼントって何?」  ホノは夕食後に子ども達に配られるプレゼントが楽しみで仕方ないらしい。普段はクルルを真似て大人びた様子をしてみせる彼女にしては珍しく、年相応に聖花祭のプレゼントを心待ちにし、目を輝かせている。  ウタセはホノの反応に嬉しそうにしながらも、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 「本当に言っちゃっていいの?」 「う……。や、やっぱり言わないで!」  微笑ましい光景に慈乃の頬も思わず緩む。慈乃の隣ではクルルもおかしそうに笑っていたが、ふと慈乃の方を向いた。 「シノ姉さんは聖花祭初めてなんですって? じゃあ、きっと驚くわよ」 「『驚く』? 何にですか?」 「言っちゃっていいの?」  先ほどのホノとウタセのやり取りを再現しているようで、クルルもまたいたずらっぽく笑っている。慈乃は慌てて首を振った。 「い、いえ……! 言わないでください」 「シノ姉さんってばホノみたいよ」  クルルは愉しそうにくすくすと笑っていて、つられて慈乃も小さく笑った。  慈乃とクルルのやり取りを見ていたウタセが会話に入ってくる。 「いいじゃない。素直な心って大事だよ」 「まあ、そうね。悪いことではないんじゃない? それに明日の朝になれば意味がわかると思うわ」  明日の朝を待ち遠しく思いながら、慈乃は食事の手を再び動かし始めた。  そうして賑やかな食事の時間が終わり、ニアが食後の号令をかける。 「皆さんおててをあわせてごちそうさまでした!」 「ごちそうさまでしたー!」  いつもならここでニアが皿を片付けるように言って、各々解散するのだが今日は違った。 「さーて! 今日は良い子のみんなにあたし達からプレゼントがあるよ!」  ニアの一言に子ども達がぱっと目を輝かせる。今にも飛び上がりそうなレヤとフィオをトゥナとソラルが捕まえていた。 「はいはい、落ち着いて。ミト兄が順番に配るからね」 「じゃあ、まずは……」  ラッピングされたプレゼントが入った袋からミトドリがひとつの箱を取り出す。ミトドリは宛名を見て、それをアヅに手渡した。アヅはぴょんぴょんとその場で跳ねていて、側にいたガザが「良かったな!」と明るい笑顔を見せていた。  順々に子ども達にプレゼントが行き渡る様子を眺めていた慈乃は、自然と微笑んでいた。 「嬉しそうだね、シノ?」  向かいからウタセが慈乃の顔を覗き込む。慈乃は「はい」と頷いた。 「プレゼント選びをしたのは私とウタくんでしたから。やっぱりこうして喜んでもらえると嬉しいですね」 「うん、そうだよね」  聖花祭のずっと前から慈乃とウタセは子ども達ひとりひとりの好みに合わせたプレゼントを吟味し用意していた。二九人分のプレゼント選びは大変ではあったが、子ども達の喜ぶ顔を想像すればむしろ楽しくさえあった。 程なくしてミトドリは食堂に集まる子ども達全員にプレゼントを配り終える。 食堂のあちこちで上がる無邪気な喜びの声と咲き誇る笑顔の花に、慈乃は満ち足りた、優しい笑みをこぼすのだった。
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