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「何話してたの~」
「春の七草とか」
スギナが淡々と返す。ツクシはこてんと首を傾げた。
「どゆこと~」
「シノが知らないから教えてた」
「知らないって~? 食べたこともないの~」
ツクシはゆっくりとスギナから慈乃に目を移す。慈乃は頷いて答えた。
「シノちゃんが来る何日か前が、春の七草の日だったもんね~。惜しかったね~」
「運が良ければ、まだ園庭の方の畑に七種類残ってるかもな」
後で図鑑を片手に探索してみようと、慈乃はしっかりと頷いた。
それを見届けてから、スギナはツクシへと振り向いた。
「そういや、カルリアとマリはどうした」
「なんかね~、追いかけっこは止めて、花冠作り始めたよ~。女の子だね~」
ツクシの指す方向を見ると、マリカが摘んだ花でカルリアが花冠を作っているのを遠目に確認できた。声までは聞こえないが、楽しそうに笑いあっているのはわかった。
ツクシは、慈乃とスギナに向かい合うような形で腰を下ろした。
「あ、カタバミ見~つけた」
彼が手をついたところには、三~四ミリセンチメートルほどの黄色い花と、黄緑色のハート形が三枚集まる葉が塊のように存在していた。
「今日はお天気いいよね~」
ツクシはカタバミを見てから、空を見上げた。
水色を背景に、白い薄雲がたなびいている。少し高くなった太陽からは優しい光が降り注いでいた。
「カタバミは天気がいいと花が咲くんだ」
「……なるほど」
ツクシの言動の意図が読めなかったが、スギナがそっと教えてくれたので納得した。
ツクシはぱっと頭を戻すと、慈乃を見た。
「そ~いえば、新しいすごろく作ったんだって~?」
「え、はい」
唐突な話題の変換に、慈乃は戸惑いながらも頷いた。
十日前にテストゲームしたすごろくでの教訓と反省を活かし、同じメンバーで次の休日に新しいすごろくを作ったのだった。
「ウタ兄、そのマスやめようよ……」
「え、なんで? やっぱり相手のいいところを伝えるって大事なことだと思うんだけど」
「わからねぇんだ……」
「やるにしてももっと被害の小さいものに変えましょう」
「えぇー! ね、ね、シノ。シノも反対派?」
「……せっかくですし……、全て指示は、変えてみてはどうでしょう?」
「いいね、それ!」
「さすがシノさんですね」
「ってことだから、ウタ。諦めろ」
「そんなぁ」
慈乃自身は羞恥よりも驚嘆が勝った印象が強いすごろくだったが、ウタセを除く皆にはそうではなかったらしく、罰ゲームだなんだと酷評だったのも記憶に新しい。
客観的判断による慈乃の提案は受け入れられ、最終的にはマスの数は同じものの、指示は全て異なる新しいすごろくが完成したのだった。ただし、コマまでは気が回らず、それだけは使い回すことにした。
そのようなことをかいつまんで説明したら、ツクシは「呼んでくれれば喜んで手伝ったのに~」と不満そうな顔をしていたが、隣でスギナは緩く頭を振っていた。以前のすごろくのおかしなマスは大体ツクシが作っていたというから、参加させなくて正解だったと思っているのだろう。
「次は一緒に作ろ~ね。レヤくん達に色々頼まれてるんだ~」
「ツクシ……。そうやって楽しようとしてるんじゃねぇだろうな」
「そんなことないな~い。一緒にやったほうが楽しいって~」
スギナに軽く睨まれてもツクシはどこ吹く風で、のんびりと笑って慈乃の顔を覗き込んだ。
ツクシは面倒くさがりなところはあるが丸投げすることはないということは、この十数日間で慈乃にもわかっていたので、抵抗なく頷き返した。
「そうですね。……レヤくん達も手伝ってくれると、楽しそう、です」
「だよねだよね~」
慈乃とツクシのやり取りを静かに眺めていたスギナは、僅かながら驚いていた。
(レヤ達も手伝ってくれると、か)
ここに来た当初ではまず考えられなかった慈乃の返答に、良い変化を感じ取ったスギナは柔らかに目を細めた。
それは妹を見守る兄の視線によく似ていた。
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