私のヒーロー

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お父さんが死んだ。 病死したわけでも、殺されたわけでも、ましてや自殺したわけでもない。 川で溺れていた見知らぬ子供を助けて、お父さんは死んだ。 夢なんじゃないかと何度も思った。目が覚めればまた、いつも通りになっているんじゃないかと淡い期待をして、毎日目を覚ます。 いつも通りに学校に行って授業を受けて。いつも通り宿題をこなして。いつも通りの時間に眠る。 だけどお母さんは毎日泣いていて、お兄ちゃんも暗い顔をしている。おじいちゃん達も頻繁に家に来ているし、クラスメイト達がずっと気遣うような態度で接してくる。 何より、その日常にお父さんが居ない。 足元がふわふわして現実感がなくて。気が付けば夏休みになっていて。 うるさい蝉の音を聞きながら、冷えた部屋で黙々と宿題を進める。 「……喉乾いたな」 いつもならすぐに飽きてしまう宿題なのに、今日は始めてから三時間も経っていた。  シャーペンを置いて、問題集を閉じる。身体を伸ばせば、ばきばきと骨が鳴る音がした。  時間を見れば午後四時。丁度いいからお菓子を食べようと一階に降りる。 「……お母さん、家にジュースってあったっけ?」  リビングのドアを開けて、中にいるであろうお母さんに声を掛けた。いつもならすぐに帰ってくる返事がない。  こんな日の照っている時間に買い物でも行ったのだろうかと、不思議に思ってリビングに入れば。ダイニングテーブルの横にお母さんのピンク色のスリッパが転がっていた。あまりにも不自然なそれを拾って、キッチンの方へ何気なく視線を向けて。 「……お母、さん? お母さんっ!!」  お母さんがキッチンで倒れているのが見えて、心臓が竦み上がった。  身体の血が一気に足元へ落ちていく感覚に、眩暈すら覚える。夢中でお母さんに縋りついて、肩を揺すった。  何度呼んでも、お母さんは目を瞑ったまま。 「……お、お兄ちゃんに」  お兄ちゃんに連絡しなきゃ。  震える足を叱咤して、電話に駆け寄る。暑くもないのに汗が噴き出て、受話器が手から滑り落ちた。  足元に転がった受話器を握り直して、ボタンを押す。  四コール目で聞こえた兄の声に、半ば叫びながら助けを求めた。  パニックになっている私を落ち着かせる様に、何度も大丈夫だと。後は自分が何とかするから、お母さんの傍にいてあげてと。そう言って、電話は切れた。
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