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「スバル殿下」
考え込みながら廊下を歩いていると、後ろから声をかけられ振り向く。
「……キリエルか」
そこには、ユキの師範であるキリエルがいた。キリエルは、スバルと目が合うとわずかに腰を下げて挨拶をした。
「おはようございます、スバル殿下。早い時間に申し訳ございません。あの顔合わせ以来ですね」
キリエルはいつもの堅い表情のままスバルを見た。
キリエルは、騎士団団長として王城の出入りはしている。しかし、主にスバルのような王子やユキのような専属の護衛騎士などの部屋がある宮殿には、足を踏み入れる機会がない。なのに、キリエルがなぜいるのか。スバルは怪訝そうにキリエルを見返した。
「……珍しいな。お前がこの宮殿に来るなんて。いつもは訓練場にしか入り浸らないのに」
「はい。その……ユキが襲われたと聞きまして……」
キリエルが言いにくそうに、目を逸らす。キリエルのその態度にスバルは少し瞠目した。
いつも厳しく、たとえ指導している騎士団員に対してだって厳格な態度を崩さないキリエルが、こんな歯切れの悪そうな口ぶりをするなんて。
「その、無事、なのでしょうか?」
キリエルが顔をあげて心配そうに、スバルに尋ねた。
「安心しろ、少し怪我をしてしまっているが、命に別状はない。……ただ、今は休んでいる。面会はあとにした方がいい」
「そ、そうですか」
スバルは、いつもの口調を隠し王族らしい口調で応える。するとキリエルは安心したように息をついた。
「……スバル殿下。少しお話よろしいでしょうか?」
「……ああ。わかった」
本当はすぐにでも尋問の様子を知りたかったが、キリエルの真剣な眼差しにスバルはあきらめたように頷いた。キリエルが戦闘のような真剣な表情をするときは、たいてい本当にスバルのためのことだったりする。スバルはそのことがわかっているから、了承したのだ。
スバルはキリエルをつれて、宮殿をでて王城の客間に案内した。
「……で、話とはなんだ?」
スバルは客間のソファに座り、目の前で同じように座っているキリエルを見返した。
そういえばこの客間はユキを婚約破棄を伝えたときの部屋だったな、と思い出し思わず顔をしかめる。しかしキリエルはスバルの表情には触れず、淡々と話し始めた。
「ユキはいかがですか? ちゃんと任務をこなせていますでしょうか?」
「……私に剣を向けてきたから、最近牢獄に入れた。が、脱獄して今に至っている」
「…………ま、誠でしょうか?」
「真実だ」
スバルから聞くあまりのユキの行動に、キリエルは顔を引きつらせた。昨夜の一晩で起こったことなので、まだ王城中には広がってはいない。キリエルが知らないのも無理はない。しかしスバルは大して気にしてはいない。牢獄に入れたのも、周りの衛兵が騒いだため形式上のものだったし、脱獄したのもユキのことだから、スバルを守るためとか護衛騎士だからとか、そんな理由だろう。
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