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「お嬢様!」
案じるように叫ぶ声が聞こえた。その声の主は取り囲む野次馬の中から必死に押し出すように出てきて、ユキに駆け寄ってきた。
甘栗色の緩いウェーブのかかった髪に、若草色の瞳を持つ小動物を思わせる可愛らしい顔立ちをしたメイドは、ユキの専属のメイドのサヤだ。
「お嬢様……。大丈夫ですか……?」
サヤはユキの背をさすり、心配そうに声をかける。しかしユキはゴホゴホとせき込むしかできず、サヤに顔を向ける余裕がなかった。するとベルクはそんなサヤの姿にふんっと鼻を鳴らした。
「丁度いい。そこのメイド、その女を一歩も部屋から出さずに監禁しろ。食事も一切与えるな」
「な……ッ!」
あまりの命令にサヤは絶句していた。しかし、目の前の男はそんな反応を見ても、再度偉そうに鼻を鳴らした。
「私の言う事が聞けないのか? お前のようなみすぼらしいメイドなどすぐに娼館送りにすることもできるのだぞ」
ベルクの脅しとも言える命令にサヤは息を飲み、周りも先ほどまでのざわめきを失い、黙り込んだ。
(愚か……都合……娼館……女……)
そのころ、ユキは力のない瞳で今まで言われた数々の言葉を思い出した。
なぜこのような不当な扱いをされねばならないのだろうか
ユキが、父の気分を害してしまったからだろうか
婚約者であったスバルに引き留めてくれるまでに愛されなかったからだろうか
世襲制の強いこの国では、代々男児が家元を引き継ぐのが習いだ。
爵位の持つ家柄に女として生まれると女は家の跡を継ぐことができず、どこかの家柄のよい男性のもとに嫁ぐ以外の道しかなく、そこに愛などという美しいものはない。家同士のそれぞれの思惑のみが存在する。
そう男にとって女というのは政治的な駒なのだ。
自分たちの都合の為だけに利用する、使い捨ての駒。
夜会や舞踏会に顔を出し、愛想を振りまいて、時たま令嬢同士で蹴落としあう。
そして決められた男性と交わり、子を産む。
そう、だからなのだ。
自分がこのように殴られるのも。父親から嫌われるのも。
婚約者から見限られるのも。
自分がその世界の中でうまく立ち回れなかったからなのだ。
すべて、自分が悪いのだ
「いいか。貴様のような役に立たん女を今まで置いてやったのは殿下に見初められたからだということを忘れていないだろうな!? もしこれで撤回されなければお前をここから追い出すからなッ!」
「旦那様! それはあまりにも……ッ!」
「メイド風情が黙っていろ!!」
家の主である男に怒鳴られ、サヤは委縮するように口を噤んだ。そしてベルクは未だになんも言わずに俯いてるユキに苛立ったように声をあげる。
「ふんッ、黙っているしか脳のない女が。せいぜいその切れない頭で殿下の機嫌をとる方法でも考えておくんだな」
そう吐き捨て、その場を立ち去ろうとした。
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