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第二章15 「弱い者」
「ねえ、強さってなに?」
昔、幼いころ。確か六歳くらいだったと思う。
まだ父に稽古をつけてもらったとき、城の中にある稽古場で唐突に問いかけた言葉だった。
問いかけられた父は目をぱちくりさせて、後ろで稽古を見守っていた母と目を合わせた。
筋肉質でいかにもいかつそうな男は父、金髪の縦ロールの年齢にそぐわない瞳の大きい女は母だ。父はそんな母の見た目に一目惚れ、ではなく。酒場で酔っ払った父が母に絡みぶっ飛ばされて惚れたのだとか。恋愛というものはわからないものだ。
そんなことを頭の片隅で考えている頃、父は目が合った母に苦笑いを浮かべていた。
「強さっていうのはァ……なあ?」
そう言って助けを求める父に、目が合った母はうーんっと困ったように顎に手を当てて考え込んだ。
「そうねェ……そうよ! 強い人より強い人のことを言うのよ!」
「そう、それだ! そうだぞヒュイス! 強さっていうのは強い奴より強いことを言うんだ!」
「え、いや、だからその強さのことを……はぁもういいよ」
その強さのことを聞いたのに、脳筋な両親はそれで力強く納得してしまった。父と母の答えに呆れヒュイスは手に持っていた子ども用の剣をじっと見た。そこにつまらなさそうな自分の顔が映っている。
ヒュイスはいわゆる王族だ。といってもこのカグネ王国にはあまり関係のないことだった。カグネ王国は強さがすべて。たとえ王族であろうとも強くなければ王にはなれない。だから両親が生まれてきた子どもに強くなってもらいたいと願うのは至極当然のことで、そしてその子どもも、強さを望むのはおかしなことではない。
しかしヒュイスはそれに疑問を持っていた。
「じゃあさ、強い奴っていうのはどうなったらなれるの? 父さんよく言うよね僕にさ。強くなれって」
ヒュイスの問いに父は不可解そうな顔をしながら首を傾げた。
「そりゃあ、鍛えるんだ。鍛えて鍛えて鍛えぬいて! そうして強い奴に勝てたら強いってことなんだろ。そのための稽古だろ? 強い方がいいに決まってるからな」
胸を張る父にヒュイスは、眉を潜めた。
「……なにそれ。なんで強い方がいいわけ? 弱いとだめなの?」
「? お前に言ってることはわからんなァ。母さん、わかるか?」
おかしなことを聞く息子に父はわけのわからないという顔をしながら、また再度母に助けを求めた。すると母も困った顔をしながらヒュイスの目の前に屈みこみ目線を合わせた。
「うーん、だって弱いと負けちゃうじゃない。負けたら嫌でしょ?」
困った顔をしながらも、母はヒュイスを諭すように優しい声色で語りかけてきた。しかしヒュイスはその問いにも納得できないようにぐっと眉を潜めた。
「負けても別にいいじゃん。そりゃ死ぬのとかは御免だけどさ。だからって強さにこだわる必要あるの?」
「……だって強くいたいじゃない?」
「……」
ダメだ。この両親との会話はずっと平行線だ。
わかってる。こんな考えを持つヒュイスがおかしいのだ。
このカグネ王国は強さですべてが決まる。例え王族であろうがなんだろうが、自分より強い奴が現れたらそこで終わり、没落だ。
それに王子と言う立場は常に命を狙われている。王子を殺せさえすれば次の王選試合で準決勝として進むことができる権利を与えられるからだ。けれど、みんな本当は権力とか王だとかに興味はないのだ。誰が一番強いのか、そして自分の実力はどの辺なのか。それが知りたいだけなのだ。
それが今のカグネ王国。強さがすべての国。
ヒュイスは父に剣を教えてもらっているときからずっと疑問に思っていた。
なぜ剣を習うのか。
なぜ強くなければならないのか。
なぜ皆強さに固執するのか。
そもそも強さとはなんなのか。
それを手に入れてどうなるのか。
なぜ弱いのがだめなのか。
ヒュイスにはわからなかった。
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