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底冷えするような寒さにヒュイスは思わず目を開いた。目を開くと同時に頭と右肩がズキリと痛み、顔が歪む。
「いったぁ……。何?」
痛みで意識がはっきりした時、最初に目に飛び込んだのは、一本一本の毛まで見える薄汚れた絨毯だった。一瞬自分の状態が理解できなかったが、ようやく自分が床に横たわっていたことに気づいた。身じろぎをしてみるが、背中で手が拘束されており、ぐっと解こうと力を入れても、簡単には外せない。足にも同じように縛られている。なのでヒュイスは目線だけあたりを見渡した。
スクエアの机とソファ、小さいが暖炉もある。一見小綺麗に見えるが、手入れがされていないのか壁が汚れており、白い絨毯だったものも、足跡や砂の汚れで黒い斑点がそこらについている。机にはいくつかの武器の手入れ道具、あとガラス窓のタンスにはリスやウサギなどの剝製やホルマリン漬けにされている人間の眼球や指などが飾られていた。
部屋に誰もいないことを確認していると、寝かされてる床のすぐ頭上にある窓のカーテンは取れかけでヒラヒラしてヒュイスの顔にかすかに当たる。カーテンが揺れるごとに光が差し込み、その明るさに目を細めた。
気絶させられた時は夜中だったから少なくとも今は次の日の朝だ。昨夜の状況と現状を考えるに、どうやらあのまま連れ去られたらしい。先ほどとは違う意味で頭が痛くなり、ヒュイスははあっと溜息をついた。そして次いで扉の位置を確認した。一応、扉から一番遠い端っこに寝かされていたらしい。すると、部屋の扉が開いた。
「あ、起きた?」
「……ああ、君か」
タクミの姿を見て、ヒュイスは嫌そうに顔を歪ませた。
そうだ。こいつに襲われたのだった。するとそこでふとあることを思い出し、もう一度あたりを見渡す。
(あの女……はいないか)
そのことが確認できて思わずほっとする。と同時にそんな自分にイラっときた。
何を心配することがある。あの女はヒュイスより断然に強いのだ。心配することなんかない。
そのころタクミは部屋の中央に置かれているソファにどかりと座り、ヒュイスを見下ろした。それにヒュイスは見上げる形になる。
「つまり、僕は君に攫われたってことなのかな?」
そういうとタクミは膝に肘をついて、にやにやとヒュイスを見下ろした。
「理解が早くて助かるよ。どう? 気分は?」
聞かれてヒュイスは後ろで縄で拘束されている自分の腕を見た。
「素敵なブレスレットをもらって、最高の気分だよ」
皮肉気にいうと、タクミは肩をすくめた。
「喜んでもらえてよかった。ついでに足にもついてるよ。似合ってるね」
「そりゃどうも。……あーあ、もう、ドジッたな」
はあっと後悔がこもった溜息をつくと、タクミはその様子を見ながら未だににやにやと見下ろした。
「かもねェ? ウェジットに勝った最強の王子っていうのが街でのお前の評判だったけど、どうやら違ったみたいだねェ」
その言葉にヒュイスはピクリと耳を動かし、タクミに鋭い視線を向けた。
「……どうしてわかったのかな? 僕が本当は強くないって」
そう聞くとタクミは嬉しそうに自分の手の平を見せた。その姿はまるで親に自慢をする子どものようだ。
「そりゃ手を見れば一発でわかるよ! マメの痕はあったけど、もう随分柔らかくなってたし、綺麗な手をしていたからね。普段剣を扱ってる手じゃないのは一目瞭然ってわけ! それにお前、あの時攻撃を避けるばかりで反撃しようとしてなかったしね」
「なるほど、まあ、僕逃げるのは得意だから」
「弱い奴が言う事だね、ホント。そのまま死ねばいいのに」
タクミの言葉を聞き流し、ヒュイスはゴロンと仰げ向いた。その間タクミはヒュイスに興味を失くしたように自分の武器の手入れを始めた。ヒュイスはタクミの様子をチラリと横目で盗み見る。あの全体が刃で覆われてた三日月の形のブーメランだ。柄もあるから剣にでもブーメランにも使える。しかしあんな武器、易々と扱えるものではない。逃げ回りながらタクミの戦闘を見ていたが、タクミはあの武器をブーメランとして使った時ちゃんと手元に返ってくるように計算して投げていた。それに戻ってきたとしても必ず柄の部分が来るとは限らない。相当な修練をしたに違いない。
どうして強い奴っていうのはこうも恵まれた才能を持っているのか。
はあっと溜息をつきながら、ヒュイスは自分が縛られた縄を見た。
(まあ、どうせウェジットが来てくれるとは思うけど……)
あのウェジットのことだ。ヒュイスが攫われたとわかるとすぐさま駆け付けるはずだ。今頃ヒュイスの救助するためにこちらに向かってきてる頃だろう。そんな確信を持てるのは、ウェジットが本当に母を好きだったからと知っているからだが。
すべては母のためだ。ヒュイスのためではない。わかっているさ。
毎回毎回理解しているのに、心の中で確認する自分は本当に馬鹿だと思う。期待するだけ無駄だとわかっているのに。
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