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「……私、あの人が好きなんだ」
「…………は」
緩んだその口元から紡がれた言葉に、思わず思考が停止する。
その表情は先ほどの無機質な表情とは違い、綻んでいて、すっきりとした笑みを浮かべ、瞳にはまるで想い人が目の前にいるかのような優し気な瞳が見えた。ユキは自分の言葉を再度確認するように両手を胸に置いて瞳を閉じた。
「あの人が好きだから、ここまできた。そばにいたくて、強くなった」
「……」
それはセンに話しているというより、まるで独り言のように、自分の気持ちを確認するように、過去を想い馳せているかのような、そんな懐かしむような表情をしていた。
センはその表情に息がつまった。
ユキは今、好きと言ったのか。スバルを、好きだと。
なら、あの必死に取り返そうとしていたのは、決して主従だからというわけではなく。
もっと個人的で、でも大切な想いからきていたのだ。
それを知り、なおさらわからなくなった。
だったらどうしてあの時はあんな態度をとってしまったのか。
大切だったらなおの事、センのあの言葉を強く否定すべきだったのではないのか。
「だったら、なんであの時あんなこと言ったんだよ……。あげてもいいなんて」
混乱している様子がわかったのか、ユキは瞳を開けて隣にいるセンに困ったような笑みを向けた。
「……あの時は、私も気持ちがぐちゃぐちゃだった。あの人に怒りたいのか、憎みたいのか、それとも無事だったって喜んでいたいのか。あの人が私をどう思っているかとか。だったら私の存在ってなんだろって色々考えた」
困ったように笑いながら、ユキは自分の気持ちを言葉にするのを照れるかのようにわずかに瞳を逸らして、センに話し続けた。
スバルはセンたちを手伝っているのはまた後でユキに伝えると言っていた。確かにあの段階ではユキはスバルに裏切られたと思ってもおかしくはない。それに怒る気持ちもわかる。
けれど――……
「もっと、単純でよかったんじゃねェのかよ……。怒ってムカついたんなら、殴って、それで終わりでよかったじゃねェか! あんな、やり返すみたいにあいつを放り出すことはなかっただろうが!」
「別にやり返したかったわけじゃない。ただ、あの時は本当に疲れてたんだ……。あの人のそばに居続けるのが、ただ、辛かった」
センに指摘された言葉でユキは笑みを消し、苦しそうに顔を歪ませた。
それでも、その表情を見ても、センは納得できなかった。
「なんだよ、それ。お前言っただろうが。好きだって、そばにいたいって」
それは自分の気持ちに従っての行動のはずだ。
好きだから、そばにきた。なのに、辛いとユキは言った。
矛盾している言葉だ。わけがわからない。
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