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嫌な想像が頭に浮かび、額から流れ出た汗が顎を伝ってぽたりと落ちた。それに比べタクミは楽しそうに笑みを浮かべている。この話が時間稼ぎだとタクミもわかっているのだ。わかった上で話に乗っかっている。タクミがそれだけ余裕があるのかがわかり、思わず舌打ちしそうになるのをぐっと堪える。こっちは必死だというのに。すると、タクミは弓を背に戻しながら、ヒュイスに話しかけた。
「さっきさ、お前諦めの早い奴が弱い奴、みたいなこと言ってたじゃん?」
「……ッ言ったけど何? もしかしてそれが気に入らなかったからとかで追いかけてきたの? 暇だね君も」
ヒュイスは必死に言葉を紡いだ。しかし頭はぐるぐると回るだけでこの場の解決案など全く浮かんでは来ない。そんなヒュイスとは別に、タクミは全く持って落ち着いた様子で、余裕気に話しかけながら、その両腰にある双剣をゆっくりと引き抜く。その刃の鋭さにヒュイスは息を飲んだ。
「嫌いなんだよね、そういう奴。弱いくせに足掻いてさ。イライラして仕方がないよ。弱い奴はいくら努力しても弱いのに。頑張ればできるとか、諦めなければできるとか、やればできるとか。いくら気持ちを強く持とうとしても結果は一緒。弱い奴は弱いだけ。……虫唾が走るんだよ」
「……ッ」
鋭い視線を、殺気を真っ向から受けヒュイスは一瞬呼吸を忘れそうになる。
「だからさ、完膚なきまでに叩き潰そうと思って。そういうやつの根性折るのも悪くないかなって思ってさ。だってさ? 面白いじゃない? 弱いのに足搔いて逃げてさ。そういうやつをじわじわ痛ぶるのって、たぶん強い奴と戦うのと同じぐらい面白いと思うんだよね。無様でさ。そんでお前殺せばさ、もしかしたら逆上したウェジットとかが来るかもじゃん? そう思ったら一石二鳥だと思ってさ!」
「……ッ性格悪いね。そんなんじゃモテなかったでしょ?」
ということは、ウェジットはまだ来ていない。ついでにそれはユキも来ていないということだ。それだけでもわかれば、今踏ん張る意味が見いだせた。
ヒュイスは深い息を吐きながら、挑発するように笑みを浮かべた。
その間タクミは先ほどのヒュイスの言葉に癪に障ったのか、片眉をあげて不快そうな態度をとった。
「お前もモテなかったんじゃない? そんなに弱いとさ。というか感謝してほしいよね、面白そうなやつ見つけたのにお前を優先させたんだから」
そう言うとタクミは手に持った双剣を回転し構え、ニタァッと楽しそうな笑みを浮かべた。その笑みは勝利を確信している強者のものだった。ヒュイスの身体が強張る。
自分が弱いのはわかっている。ただ、ここで殺されるわけにはいかない。
ヒュイスは自分を奮い立たせるように、ぐっと自分の足に力を入れた。
その瞬間、タクミは声を高らかにあげた。
「さあもっと逃げてよ!! 十数えるからさァ!!」
「くっそ……ッ!」
その言葉とともに、ヒュイスは走り出した。
タクミの言葉通りになっているのは気に入らないが、今は逃げるしかない。相手がそのチャンスを与えてくれるなら盛大に使ってやる。
「あッははははははははははははははは!! いいよ! 逃げて逃げて! これだから射手はやめられないんだ!」
背を向けた先から、タクミの狂った笑い声が聞こえてくる。
「遠くから獲物を狙う高揚感。獲物はどこから狙ってくるかわからずビクビクするんだ。場を支配してる感じが溜まらないよね!!」
その言葉が走りながらも嫌でも耳に入ってくる。
ムカつく。なめてやがる。
ヒュイスがタクミに勝てるとは思っていない。真正面から戦っても、確実にヒュイスは負ける。
だから、これはただの意地だ。
なんとしてでも一泡ふかしてやりたい。
弱い奴だって、強い奴と渡り合えるっていうところ、見せてやる。
仲間の死を受け入れられず、茫然と地面に座り込んでいた少女は、ただの女の子に見えた。
あれだけ勇ましく戦っていた彼女でさえ、あの状況でへこたれるのなら。
「だったら弱い僕がこの状況で動けてるってだけで、僕はあの女より強いってことだろうがぁ!!」
強い奴は、戦いに強い奴じゃない。
それを、自らの手で証明してやる。
ヒュイスはその決意を胸に、走り出した。
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