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ゆっくり、ゆっくり。
身体が宙を漂い、当てもない暗闇を彷徨う。遠くで名を呼んでいた愛おしい人の声は、もう聞こえなかった。
『ユキ』
想い人の声ではない。
穏やかで、柔らかい、優しい声。
そっと目を開く。
街の中にいた。
ここは知っている。コントラス王国の王都ランタルだ。
残像のように通り過ぎる群衆の中、一人の少年が、いつの間にか幼子のように小さくなったユキの手を握る。
逃げるように早足で歩くその人を、何と呼んでいたのか覚えていない。
大切にしてくれた人だった。
優しくしてくれた人だった。
大好きな、人だった。
どこにいくの?と聞くと、その人は振り返り、跪いた。
目線を合わせてくれてるのに、顔は白で塗りつぶされ、全くわからない。
『君が笑っていられるところさ』
顔がわからないのに、無理して笑っているのがわかるのは、何故なのだろう。
『君だけは僕が守るよ』
約束だ。
そう言ってその人はユキの頭を撫で、お姫様のように手を掬って歩き始めた。
この人が約束を破ったことなんて、一度もなかった。
絵本を読む約束も、一緒に寝る約束も、ご飯を食べる約束も、プレゼントをくれる約束も。全部守ってくれた。
だから安心していた。
優しい手が、離れていく。
人の波に飲まれ、大好きな背が遠くに消える。
振り返ったその人の髪は
ユキによく似た白銀だった。
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