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――が
頬に固いものが襲い、ベルクは後方に吹っ飛んだ。
「冗談じゃないッ!」
ドガっと盛大な音を立て、床に受け身をとらずに叩きつけられたベルクは何が起こったかわからず殴られた頬を押さえた。
ユキは拳を赤くして、床に転がった無様な男を睨むように見下ろす。ベルクは何が起こったのかわかっていないような顔でユキを見上げた。
「女女と好き勝手言って……ッ。その女をあてにしないと地位をもらえないなど、どちらが無能かわかったもんじゃない! いいですか!? あなたたちが私たちを支えているのではなく、私たちがッ、あなたたちをッ、支えてあげているのです!」
そう言ってユキは、勢いよく目の前の男にビシッと指をさす。先ほど支えていたサヤも今では呆気にとられたように口を開き、同じように周りの使用人たちも突然人が変わったように怒鳴るユキの姿を見ていた。
周りの視線が動揺していることなどものともせず、ユキは生まれて初めて沸き上がった感情に身を任せたまま吐き捨てた。
「それなのに、頑張ったのに、努力して、努力しても、あなたは絶対に私を認めてくれなかった……ッ!」
ユキが覚えている限りこの父親に褒めてもらったのは、第二王子のお見合い相手に最初に選ばれたという知らせの時だけだ。
今までこの人から愛情というものを感じたことがなかった。しかしだからこそ少しでも見てほしくて褒めてもらいたくて、マナーレッスンも経済の勉強も淑女としての立ち振る舞いも他の令嬢に比べて努力してきたという自負はある。
それでもこの父親は、ユキを受け入れることは、ユキに優しくなることはなかった。
この男は振り返るということもせず、ただただ自分の私腹を肥やすことしか考えていない。
どこかで気づいていた。気づいていたけれど、あえて見ないふりをした。
だって、なぜなら――……
そこまで考えて頭を振る。
「もう、どうでもいいッ!」
そう怒鳴りつけるユキを周りの使用人たちは呆気にとられたままだった。
するとユキは体を反転させて、階段を上り自身の部屋にまるで道場破りかと見間違うかと思うほど勢いよく扉を開けた。そのあとを一足先に正気を取り戻したサヤはユキの後を追う。
「お、お嬢様……! どうなさるおつもりで!?」
部屋に入ったサヤを横目で少し確認し、ユキはバッグに服を詰め込んでいった。
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