いつかまた本の話がしたい。

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いつかまた本の話がしたい。

 寝ぼけ眼に兄と父の話を聞くのが好きでした。  長距離移動の際、父が運転し、助手席に兄、後部座席に私、という感じで移動することがありました。もうずいぶん前のお話です。  私は車に乗ると眠くなる体質で、よく後部座席の足元で三角座りして、すっぽり体を収め、眠っていました。シートベルトをしないその恰好は今になって危ないと感じますが、その頃の私は車でそうして丸まっていることが一番安心できて一番寝やすい恰好でした。  そんな車内でのこと。私はいつも寝ていて偶に起きていました。そんな時、父と兄の話が耳に入ってきました。何を話しているんだろうと聞き耳を立てます。  ぼそぼそと話す彼らの話は幼かった私はあまり分かりませんでした。当時、小説も映画も興味がなかったので大半は聞き逃していました。  でもその話は心底面白そうなのです。  ああ、あの作品はああやったなあ。  あそこ怖かったやろ。そういう作品なんや。  そうそう、そこはこんな感じで。  確かマスクの話でしょうか、それとも人形が動くあの恐ろしいホラー映画でしょうか、はたまたフェルマーの最終定理の感想だったのでしょうか。今にして思えば、作品を知っていれば、それほど難しい話ではなかったように思います。  でも、あの頃にはもう戻れません。飛び込み参戦なんて、タイムトラベルできたらできる荒業でしょう。私はその会話にもう参加はできません。  父はホラー映画が好きでした。兄もそれと同じく、普通にホラーを見れる人でした。兄の本棚を見ればずらりとミステリが並んでいます。きっと彼は雑食なのでしょう。恋愛以外はかなりいける口、いや昨日見たドラマは恋愛ドラマだった、やはり兄は雑食。  幼い頃より父の趣味に付き合わされていたからでしょうか。兄の雑食っぷりは目を見張るものがあります。  そんな兄が嬉々として小説や映画の話をする姿はもう今ではほとんど見ませんが、思い出に残っています。  車という狭い空間で、理路整然と、それを喋りつづけるのです。たまにウィンカーがカチカチと鳴り響き、エアコンを切ったり、ハンドルをきる音が聞こえたりしました。  そこであれこれとお話をするのです。秘密基地に集まって、合言葉を交わすように。  あの時、父の好きな伊坂幸太郎の「重力ピエロ」や村上春樹の「1Q84」、「海辺のカフカ」、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を知っていたら、少しはその話に参戦できたかもしれません。  幼かった、まだ長い文字も読めず、アニメと漫画しか読める気力を持っていなかった。そんな私が参戦できるはずもなく。  それでも今は少しだけ話すことができます。  伊坂幸太郎は面白いね、とか。村上春樹はこういう作家なんだね、なんて。ちょっとだけ妄想してみたりするのです。  ぼそぼそと前の座席で楽しそうに会話する彼らを見て、起き上がり、その一端を聞き、私も意見をする。小さな短パンを履いていた私はスカートを履く現在の私へ。兄は小さいまま、父は車を運転したまま。私だけ大きくなってその空間にいる。  道路を走る車の中で、本の感想を言いあう。  あそこの展開は読めなかったよ、と。私はこういう本が好きで、ああいう本は頂けなかったけど、もうちょっと挑戦してみるよ、なんてませたことを言って、兄に「何大人ぶってるんだよ。難しい言葉を言いたいだけだろ」と手厳しいことを言われたりして。父に「それが好きなら、あれを読んだら」と提案されたりして。  いつかまたそんな小説語りが、出来たら楽しいのにな。
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