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待合室のソファはなかなか豪華で、幅の広いひじ掛けはそのまま物置きにも使えた。 漣は自動販売機でカフェラテを買い、そこに置くとため息をついた。 もうすぐ8時だ。 母親が若林を連れて迎えに来る。 身体が気だるい。 昨夜、何度も何度も体位も体勢も変えながら、愛された疲れが心地よい。 久次の我慢している切なそうな顔も、小さく喘ぎ声が混じる息遣いも、跳ねた汗でさえ、全てが愛おしかった。 漣は待合室のソファに身体を沈めた。 思い出すだけで体中が切なくなる。 下半身が熱くなる。 この記憶があるだけでーーー この思い出があるだけでーーー きっと自分は、この先誰に抱かれても、彼を想うことができる。 若林に好き勝手されたとしても、その若林が例えば友人や知り合いに漣を貸したとしても。 はたまた谷原がまた若林の許可を経て、漣を売ったとしても。 眼を瞑れば久次がいる。 この世で一番好きな男がそこにいる。 ―――でも、学校で会えなくなるのは寂しいな……。 漣は背もたれに頭を凭れ、駅の無機質な天井を見上げた。 ―――俺がそうさせたんだ。 久次は「お前のおかげだ」と言ってくれたが、そうではない。 もしあの日、アトリエで久次に出会わなかったら。 自分がもっと上手に誤魔化していたら。 自分が彼を頼らなかったら。 彼はきっと今も教師だったし、これからも教師だった。 合唱部の顧問も続けて、いよいよ実力がついてきた合唱部を毎年全国に導いて。 生徒たちとあの第二音楽室で、ステップを踏みながら、笑って音楽を続けていけたのに。 ーーー俺が奪ったんだ。 漣は目を閉じた。 もう十分だ。 十分久次は頑張ってくれた。 彼は辛い過去を乗り越えてきた分、幸せにならなければいけない。 愛を運命にもぎ取られた分、今度は有り余るほど注がれなければならない。 ―――俺じゃ、無理だ。 漣はふっと笑った。 さようなら。クジ先生。 いやーーー 「――――久次(ひさつぐ)先生」
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