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数日前ーーーーーー
東京に戻った久次は、あらかじめ電話を掛けていた相手と駅で待ち合わせた。
「まさかあなたからご依頼いただけるなんて」
コーヒー店で向かい合った彼は、久次よりも数段上質のスーツを着て、足を組んだ。
「急な連絡なのにすぐに応じてくれるなんて。弁護士さんって言うのは案外暇なんですか?」
無表情で言う久次に、乙竹はさわやかな笑顔で返した。
「少年に対する犯罪がこの世から一件でも減ればいいと、日々邁進してますので」
久次は鼻で笑った。
「ホームページで見たな、その謳い文句」
「あれ?そうでしたか?」
乙竹がおどける。
「歌うのはあなたの専門なのに?」
「いやいや」
久次は新幹線の中で纏めた人物相関図をテーブルに広げた。
「かいつまんだ情報で、あることないことストーリーを繋げて替え歌を作るのは、あなたのが上手いでしょう」
乙竹はそれを見下ろしながら、肘をつき、目尻を軽く掻いた。
「替え歌、ね………」
「でも安心してください。相手は本物の悪人です。ストーリーはもう出来ている。あとは証拠を集めて追い詰めてください」
久次も足を組んだ。
「今回は、あなたの脚本の出番はないようだ」
言うと乙竹は口元を綻ばせた。
「今度は脚本か」
言いながらショパールの腕時計を見下ろした。
「―――ちょうど10年ですか。あの事件から」
乙竹は言った。
「ええ」
久次は目を細めた。
「―――じゃあ、もう偽証罪の時効は成立していますね」
「――――?」
久次は眉間に皺を寄せ、乙竹を睨んだ。
「あのとき私に、あなたの言う脚本を渡したのは、彼本人ですよ」
「―――う……そだ……」
喉が盛り上がって言葉が出てこなかった。
「嘘じゃありません。私はわかりませんし、興味もありませんが、もしかしてあの時、関係を迫ったのはあなただったのではありませんか?」
「――――」
「そしてあなたはことが発覚してからも飄々としていた。外野の方が間違っているという態度を崩さなかった。項垂れる彼と、堂々としているあなたと。皆の眼にはだんだん、あなたが悪かったのではないかというように映ってきました」
「――――」
「それを見て焦った彼が、私に情報を開示してきた。偽名で泊まったホテルも、学生時代に付き合っていた酷い彼氏のことも。
彼が作った脚本を、私は読み上げ、それにプラスした証拠を集めていっただけです」
「―――そんな……」
ただでさえ暗いコーヒー店が真っ暗に見えた。
「幼稚で無鉄砲な若き恋人を社会的に守るため、彼を悪者にしたのは、彼自身だ」
「――――」
久次は顔を覆った。
「だから私は、あなたを見張ってたんですよ。後先考えず、周りに目もくれず、自分の感情だけで暴走するあなたを」
久次は茫然とシートに沈み込んだ。
「―――まあ、でも」
乙竹は相関図を見ながら、頬杖をついて笑った。
「あなたが教師になったとき程ゾッとしたことはなかったけど、そうですか。この10年間でちゃんと周りも見ることのできる人間になったんですね」
「――――」
「”この少年は母親を責められない。弟も見捨てられない”」
久次の書いた箇条書きを読みながら乙竹は頷いた。
「ーーーわかりました。お引き受け致します」
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