八月七日

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八月七日

 病院の保育園に入ったばかりのとき、ゆうちゃんはいばりんぼのヤスにいじめられてた。多分、ヤスはゆうちゃんのことが好きだったんだ。でも、好きだからいじめるなんて、子どものやりかただと思う。  ぼくは正義の味方とか好きじゃなかったけど、ゆうちゃんを助けた。そうしたら先生に見つかって、ヤスはお母さんにめちゃくちゃおこられた。いつもぼくの消防車を取り上げるいやなやつだったから、いいきみだ。 「なにかあったの?」  ぼくが聞くと、ゆうちゃんはゆっくりとこっちを見た。 「ううん、なんでもない」  ゆうちゃんが首を横にふる。おかっぱの髪が、ふるふるとゆれた。  ぼくは、ゆうちゃんの悲しい顔を見るのがきらいだ。とても苦しい気分になるから。 「なんでも言って」  はずかしかったけど、ぼくが今ゆうちゃんにしてあげられることは、話を聞くくらいだから。少し考えてから、ゆうちゃんはゆっくりと言った。 「どうして、みんなと一緒にいられないのかな」  ゆうちゃんの泣き出しそうな顔に、ぼくは胸がずきんとした。 「仕方ないよ。みんな大人になるんだから、いつかは別れるときがくるんだ」 「ずっと一緒にいたいよ。別れたくない」  かすれたゆうちゃんの声。今度はぼくの心臓が、きゅっと縮まる。 「ぼくは、ぼくたちはずっと一緒だよ。離れてても一年に一度は会えるし、心は一つだ」  ぼくはそう言って、つないでいた手を強くにぎる。ゆうちゃんがとなりでうなずくのがわかった。ぼくたちはまた空を見上げた。いつのまにか、最後の花火を残すだけになっている。  どん、  どん、  どん。  空をおおいつくす花火が、大きく広がった。 「きれいだね」 「この花火を見たから、ぼくたちはずっと一緒だよ」 「わたし、もう少しで、としくんのところに行く」  ああ、そうか。 「うん……待ってるね」  だから、ゆうちゃんはおなかがいっぱいだったんだ。手が冷たかったのも、悲しい顔をしてたのも。 「また、来年もここにこようね」 「うん」 「二人で、だよ」 「うん」  ぼくはそっとゆうちゃんの手を離した。 「ばいばい、またね」  ゆうちゃんの姿が見えなくなるまで、ぼくはずっとずっと手をふっていた。   *  橋の上に、遺影のような写真を持った女の人が立っていました。その人は同じように写真を抱えた女の人のいるほうへ、歩いていきます。 「お久しぶりです」 「こんばんは」  お互い挨拶をしながら、花火が終わったばかりの夜空を見上げました。 「今年もきれいでしたね」 「ええ」 「敏也は今日の花火見たでしょうか」 「きっと見たわよ」  それぞれの写真には、同じ年齢ほどの男の子と女の子が写っています。 「敏也くんが亡くなって、もうすぐ一年ね」  二人は大切そうに写真を抱えたまま、話し始めました。 「ええ。敏也は天国に行けたでしょうか」 「もちろん。あんなに長い間、病院でがんばったんだから」  風がないせいで、空には煙が残っています。 「夕美ちゃんが事故にあったのは、半年前でしたね」 「ええ。敏也くんのことが、よほど好きだったのね。まるで追うように」 「今頃、敏也と会ってると思います」 「そうね。だって今日は二人が出会った七夕ですもの」  空にはきれいな天の川が流れています。二人はずっと空を眺めていました。きらきらと輝く星たちは、にこにこと笑っているようでした。   了
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