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5 夕立を、あなたと
会社を辞めたという報告を受けたのは、それから一カ月後。季節は夏の盛り。私達の家の周囲には凌霄花が沢山咲いていた。
いつもより少し早めにログインしてきた瑠香さまが、せいせいしたというふうに笑う。
「やー、今日で会社勤めも終わりだと思うと感慨深いねぇ」
「はい」
私は静かに頷いた。
瑠香さまがヴィレッジを利用していたのは、会社の売り上げに貢献するためだ。会社を辞めた今、村に留まる理由はない。
今日でお別れだと思うと、胸がいっぱいになった。
「瑠香さま」
家を出て、畑に向かおうとしていた瑠香さまが振り向いた。私は精一杯の笑顔を浮かべて、虚空を指さした。
「みてください」
空が曇った。
次の瞬間、一気に雨が降り始めた。夕立だ。うひゃーと奇声を発した瑠香さまが軒下に駆け込んでくる。
私たちは一緒に雨を見つめた。
「新しく作った日本の夕立、いかがですか?」
「まだ草案だったでしょ。確かに頼んでたけど……もう完成させてくれてたのか……ありがとう」
何気ない労いに、じんときた。
細かい雨粒が急に激しさを増した。地面で笑うように弾けている。
夕立は長くない。
この雨が終わったら。そしたら。
「焼けたアスファルトの匂いはまだです。でも、タバコ屋と、自転車と……」
声が詰まった。
瑠香さまが優しく笑う。
「──ゆっくりでいいんだよ」
そっと頭を撫でられる。ぎゅっと目を瞑った。嬉しかった。
「これからもよろしくね」
「……え?」
「…………ん?」
私たちはきょとんと見つめ合った。
「瑠香さま、会社辞められるんですよね? ヴィレッジは会社の売り上げに貢献するためにやっているんじゃあ……アカウントどうするか考えるって」
「いやー、まあ、最初はそうだったけど」
瑠香さまの目が泳いだ。どこか照れくさそうな笑顔を浮かべている。
「こんなに慕ってくれるVSCがいるんだもの。個人のアカウントだし、このままにしようかなと。で、今度、リツを連れてこようかなーって。したらまあ、アキも来るだろう」
心が弾んだ。
並行して、聞くなら今しかないと思った。
「あ、あの、リツさん……とアキさんとは、どういった」
「ん? 友達だよ。リツはアキの彼女。そろそろ結婚しそう」
「……あ」
嘘のない声だった。
一安心すると共に、複雑な思いが込み上げてきた。
人は変わっていく。今後どうなっていくかはわからない。だからこそ。
──今の私の真心を、瑠香さまに。
「とびきりのおもてなしをしなくてはなりませんねっ」
「うん、一緒に考えような」
「はい!」
私たちは外へ出た。
雨に洗われた赤い空には、うっすらと虹がかかっていた。
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