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「ガム食べる?」
「いいえ、結構です」
「なら、記念にとっておきなよ」
男から渡されたガムを、思わず受け取った。
包み紙越しに漏れる匂いは、ブドウだ。
「……記念?」
「混ぜ物はしていないからさ」
混ぜ物とはクスリのことだ。記念という言葉には、説明がなかった。
車体はやがて、ガタガタと振動をはじめた。アスファルトから、未舗装の道に入ったのだろう。
車体は多少斜め上に傾き、上り坂のようだった。周囲に街灯はなく、木々が覆い茂っている。山道のようだ。
「どこに向かっているのですか?」
「てんごく」
助手席男のそっけない返事。
冗談にしては寒いが、最高の脅し文句でもある。
拉致した女性に対し、行き先は"てんごく"と告げる。
彼らの常套句。
意味は大別して、天に召される『天国』か、様々な用途で使われる『転獄』のどちらかだ。
『転獄』とは、住居を転々とさせられる『転』と、地獄の『獄』を合わせた造語である。
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