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少女は首を傾げ前を見据えたまま、ふと口を開いた。
「"てんごく"を知ってるのです
助手席の男はルームミラー越しではなく、振り返り、少女を見た。
「"てんごく"を知りたいの?」
男の、冷やかし混じりの口調。
「はい」
吐息を漏らすように、少女がつぶやいた。
男たちは寒気に似たような感覚に襲われた。
背筋がぶるっと震えたのだ。
この少女は誘拐された時から、終始落ち着いている。誘拐された者が見せる特有の反応が薄い。
"てんごく"を知りたいのか? その言葉に対して彼女は告げる。
「てんごくに連れてってくれるのでは、ないですか?」
その妖艶な表情と、車内を満たす、存在しないはずの色気の香りが、鼻孔をくすぐった。
寡黙だった後部座席の二人が、たまらず喉を鳴らし、『対象』に襲い掛かろうとした、次の瞬間──
「おいっ!」
助手席の男が声を上げた。
自身の膝をつかみ爪を喰い込ませ、かろうじて理性を保ち、絞り出した声。
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