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カラオケボックスに火が上がる中、正面の入口から堂々と姿を見せたのは、藤井博之だった。
消防団員や、助けを求める避難者、野次馬にうまく溶け込む。
小さくなったタバコを吐き捨て、ジャケットを無造作に、肩にかけた。
結局、黒ずくめの男は最後まで口を割らなかった。
だが、いくつかは分かったこともある。
最後の一本になったタバコを取り出し、口に運ぶ。
ふと、横から手が伸び、火が点ったライターを差し出された。
藤井は躊躇するも、苦笑いしタバコを近づけた。
「ありがとよ」
「いえ。このくらい、なんということはありません」
男はニコリともせず答える。やや小柄ではあるが、手入れの行き届いた黒スーツに身を包み、ピッチリと整えられた髪に銀縁メガネ。一目でエリートと分かる風貌の男だった。
「……火ならそっちで上がってんだが、タバコをつけるにゃデカすぎてな」
消火活動が進むカラオケボックスを指さす。
「ご無事で何よりです。その件で、二、三お伺いしたいのですが」
「そりゃ任意か? お巡りさん」
「そうです。と言ったらどうします?」
「拒否する。任意なら問題ねえだろ?」
「そうはいきません。まわりにうまく溶け込んでいましたが、貴方はあのカラオケボックスから出てましたよね? ……藤井先輩。お話を聞かせてもらえますか?」
「……俺はもう警察じゃねえぞ、松坂巡査長」
「今は警部です。元、藤井警部補先輩」
くいっ。と眼鏡と唇の端を釣り上げる。
明らかな挑発に、藤井はふんっ。と鼻で笑い、松坂に詰め寄った。
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