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「我々の世代では、鬼の上層部さえ震える警部補がいると噂の『鬼ゴロシ』も、今やそんな弱気な発言をするなんて。世も末、ということですか」
「さてなぁ、昔のことだ。ただ、今の自分の相手は、組織の上層部じゃねえ、警察でもねえ、ましてや過去でもねえ。なあ若造。一つ教えてやるよ。護るモンがあるってな、案外悪くないもんだぜ?」
「……藤井さんは、枯れるにはまだ早いでしょう。でも分かりましたよ、アナタは、何も変っちゃいない」
「そりゃ誉め言葉か、けなし言葉か分からんが、今はまぁ変わらないことが美徳とされる時代でもねえ。ただな、変われないことは、時に自分の首を絞めることにもなる」
「ええその通りです。私も、私の立ち位置は変われない。故に──いずれあなたとは、どこかで衝突するでしょう」
戦いとは『正義』が『悪』を正すものではない。
己の職務として正義を全うする者。己のケジメとして正義を全うする者。
戦いは時として、『正義』と『正義』がぶつかり合うこともある。
「できればもう、会わないようにしてえもんだな。せいぜい、組織の犬として、飼われて買われないようにな。松坂警部」
毒の効いた餞別に、松坂はたまらず苦笑するが、互いに背は向けたまま、その場を後にする。
過去の思い出と共に交わした言葉は、立ちのぼる紫煙の如く──空に消えた。
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