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徒桜
サーーーーー
突然降り出す生温かい雨。
「わ、やば」
「早く早く」
「傘持ってないのにー」
周りのひとたちは不満をあらわにして一斉に走り出す。
でも、俺は。
走り出す気分、なんかじゃなくて。
いつまでも、あのことを引きずってる。
あのとき、自分だけ走り出さなければ。
振り返っていれば。
夕立みたいに、すぐには止まない。
やむわけがない。
“後悔”かもしれないし、“諦め”なのかもしれない、この気持ち。
東京は、怖い。
あれは、今日みたいな雨の中で。
あのとき、彼女を連れ出してしまえばよかった。
どこか、うんと遠くへ。
無理矢理でも、そうしていれば。
でも、彼女はそれを望まなかった。
「わたし、ずっとそばにいるから、」
………言ったことは、守ってくれよ。
そばに、いて、くれよ。
………………俺は、お前を、まもり、きれなかったけど。
あんなにそばにいたのに。
………悪いのは、お互いさまか。
彼女のいなくなった夏。
あぁ、蝉に生まれればよかった。
一週間の命なら、このまま朽ち果てられたのに。運命(さだめ)なのだから、と割り切って死ねたのに。
彼女のいない夏が、嫌いだ。
どこにいってしまったんだか。
それは誰にも、分からない。
“パーーーーーー”
遠くでクラクションが高らかに鳴る。
あぁ、このまま死んでしまえれば。
彼女は祝福してくれるだろうか。
これで、ずっとそばにいれる。
まもってあげられる。
視界がかすむ。雨のせいじゃない。
あぁ、まだ未練があるのか、俺には。
死ぬに死ねない7月の今日。
まだ、夏になりたての今日。
…そうだよ、あいつの分まで、色々背負い込まないといけないんだよ、俺は。
まだまだ死ねないよ、
ほんとに手のかかるやつ。
きっと彼女は桜の木の下。
今年、とってもきれいに咲いたんだ。
儚く、まるでこの世のものじゃないみたいに。
………かえってきて、くれよ。
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