関係転換学各論A

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10:俺の、**と呼ばれている男 「池田くん、カリスマってどういう意味か知ってる?」 「いや、わかんねぇ」 俺と池田くんは、教室で堂々と話していた。 周りからの大量に寄越される、どこかぎこちない視線。 それらを無視して、俺と池田くんは会話を続ける。 仲良しだから。 大事な事だから、2回言おうか。 うん、俺と池田君は 仲良しになったのだ。 ---------------- ----------- ----- あの後。 俺と池田くんは、二人して栞の家の前で無駄に話しこんでしまった。 まぁ、いろいろ。 しかも、ずっと腕を掴まれたまま。 うん、一時間程。 余りに話し込み過ぎて、栞のお父さんが帰って来た時には、さすがの俺達もビビった。 見つかった瞬間、栞のストーカーかと疑われて、警察に連絡されそうになったのは、今思い出しても頭が痛い事この上ない。 そのくらい、俺と池田くんは時間も忘れて話し込んでいたようなのだ。 どうやら池田くんは、あの日、俺と栞が付き合っていたと言う話を聞いて、栞に「俺のせいで別れたのか?」とメールをしていたらしい。 勇者として敵を叩きのめす事に忙しかった栞は、俺のメール同様に池田くんのメールも完璧フルシカト。 無言を肯定と受け取った池田くんは、俺と栞が別れた事を自分のせいだと思い込み、慌てて栞の家まで走ってきた、と。 そう言う事らしい。 こうして、あの時の俺達の間抜けとも言える俺達の会話が成立したのだ。 『俺達、思うんだけど、けっこう仲良いんじゃないかな?』 『うん、俺もそう思う。俺達、実際は、凄く……こう、仲良いんだろうな』 そう言って、小さく笑って手を振って別れたあの帰り道。 あの日、俺の中に生まれた奇妙な感覚は、未だに俺の中に残っている。 はっきりと。 ------ --------- ------------- あの日から1週間。 俺は学校でも、少しずつ池田くんと話せるようになっていった。 最初は女子の鉄壁のバリアーもあったが、池田くんが朝俺の元へ来て「おはよう」と言ってくれた朝から、少しずつ環境は変わっていった。 あの朝のクラスメイトの目は、未だに忘れられない。 そして、今の俺達に注がれるクラスメイト達からの困ったような視線も。 そろそろ、俺と池田くんが会話する事くらい日常になってもいい頃じゃないだろうか。 「カリスマってさ、宗教的な意味じゃ、精霊から与えられた特別な力って意味なんだ」 「へぇ。そう言えば、ちゃんとした意味って俺も良く知らなかったかも」 俺の言葉に感心したように頷く池田くん。 そんな池田くんに俺は少しだけ嬉しくなって、電子辞書で引いた意味を見せてやった。 その間も、クラスメイトのままならない視線は絶えず注がれる。 まぁ、以前よりは大分減った方かもしれないが、やっぱり気になる。 「俺、これ見て池田くんは、カリスマだなぁって思ったんだ」 「えっ、何で?」 少しだけ焦ったような顔で、電子辞書から俺の方へ顔を向けてくる池田くんの顔は、やっぱり神がかったカッコよさだった。 「池田くんのカッコよさはカリスマだと思ったんだよ。神がかってるし。精霊から与えられたレベルだと思って。俺、ずっと、池田くんの事、スゲーなって思ったんだ」 「……っえ!?」 そう俺が何の気なしにそう言うと、池田君の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、俺を慌てたような目で見てきた。 うん、やっぱり池田君は赤くなってもカッコイイ。 「っは!?ちょっ、やめろよ!俺なんかより、坂本くんの方がカッコイイだろ!マジで、そういう事言うのよせ!坂本くんは優しいし、かっこいいし、最高じゃないか!」 「っはあ!?」 池田君の思わぬ言葉に、今度は俺が赤くなる番だった。 何を言っているんだろう、この人は。 俺なんか、池田くんとは比べたらその他大勢に紛れてしまう人間だと言うに。 そう思うと、恥ずかしさと居たたまれなさで、体中が熱くなってしまった。 「何言ってんだよ!池田君が一番かっこいいに決まってるよ!俺の中じゃ、池田くんはカリスマの代名詞なんだ!」 「違う!それならカリスマなのは坂本くんだ!坂本くんは全部が最高なんだ!」 「違う!最高なのは池田くんだ!俺の中の一番は池田くんなんだぞ!?」 「っそ、それを言うなら俺の一番だって坂本くんだっ!」 そう、勢いよく叫び合う俺と池田くん。 言い合う度に、互いに赤く染まる顔。 真っ赤になりながら、でも真剣な顔で叫んでくる池田くんに、俺の心臓がバクバクと激しい音を響かせ始めた時だった。 「キモイ!」 「っ栞?」 「栞……!?」 大量に俺達へと注がれていたクラスの視線をかいくぐり、俺の元カノの栞……もとい、1週間で世界を救った勇者が俺の目の前に現れた。 しかも、眉間に多大なる皺を寄せて。 「あんたらキモイのよ!周り見て!皆、あんたらのせいで変な空気になってるのに気付かないの!?ったく、毎日、毎日……」 「何だよ、周りって……俺と池田くんは仲が良いから喋ってるだけだろうが」 「はぁ………ちょっと!一!」 「っは、はい?」 栞は俺の言葉を完璧無視すると、俺の隣で未だに真っ赤になっている池田くんに厳しい目を向けた。 心なしかその目には若干諦めの色が見え隠れしている。 ってか、変な空気って何だ。 喋ってただけだろうが。 「私、言ったでしょ?善はどこか頭おかしいって言うか、若干天然なとこあるんだって。毎回毎回、善の言動に振りまわされないで……。あんたら二人、傍から見てて……ちょっと心配になるわ。クラスの皆だってそうよ。受験前に妙な心配させないで!」 「栞、お前、ちょっとまず俺に対して誠心誠意謝れ」 「いや、栞?坂本くんは全然おかしくないだろ。カッコ良くて最高だと思うけど」 「来た……!予想はしてたけど善と同類……!」 栞は頭を抱えて、深いため息をつくと何か痛々しいモノでも見るような目で俺達を見てきた。 その間も、池田くんは、俺の方をどこか照れたような目で見ながら「坂本くんは最高だよ」と小さな声で呟いた。 うん、ちょっと恥ずかしい。 だって、カッコイイのは俺じゃなくて池田くんだろうに。 カリスマなのは池田くんなのに。 「いや、かっこいいのは池田く「善、あんたはもう黙って!お願いだから別の会話して!あんたら付き合いたてのバカップルか!?」 俺の言葉は般若のような顔で俺を睨んでくる栞によって遮られた。 卒業間近だと思ったからなのか何なのか、クラスで可愛い女の子に擬態するのを止めた栞に、以前のおしとやかさは欠片もない。 なのに、何故か女子からは最近人気なのだから、女子の世界とはわからないものだ。 しかも、やはり顔は以前同様、綺麗なままなので、未だに男子受けもいい。 女子受けも男子受けもいいなんて、なんてヤツだろう。 「つーか、妙な心配って何だよ。俺は今のところ志望校はA判定もらってるから、心配しなくても大丈夫だよ。なぁ?池田くん」 「そうだな。俺ら二人、薬場大はもうA判定貰ってるし、多分受験は大丈夫だと思うんだけど」 「っはぁ!?あんたら、もしかして大学……同じとこ受ける気!?善!あんたもともと薬場大志望じゃなかったわよね!?」 そう、焦った表情を向けてくる栞と同様に、何故か教室の中までもがざわめき始めた。なんだよ、そんなに俺の志望校がおかしいのか。 薬場大……けっこう偏差値も高くて良い大学だと思うんだけどな。 「うん、池田くんと話してたら、薬場大もいいかなって思ってさ。俺も、もっと、池田くんと一緒に居たかったし」 「っ!?坂本くん!おっ、俺もだよ!俺も一緒に居たいと思ってたんだ。嬉しいよ」 「……あんたらねぇ……」 俺の言葉に、顔を真っ赤にしながら笑う池田くん。 その隣では、栞が俺を完璧に諦めたような目で見てきた。 教室のざわめきも、先程なんかより比べ物にならないくらい激しくなっている。 ……なんなんだよ、一体。 「もう、心配する必要もないわね。手遅れだわ、あんたら二人」 「だからA判定貰ってるって言ってんだろ?受験は大丈夫だって」 「………どうぞ、勝手にお幸せにー」 そう言って手をヒラヒラさせて、俺達に背を向ける栞に、俺は一体何だったんだとその背中を見送った。 俺の隣では、顔を赤らめたまま俺を見つめる池田くん。 そんな池田くんの顔を、やはり俺はかっこいいなぁと思いながら見つめ返した。 ------------ 俺、坂本 善とヤツ、池田 一。 これから、同じ大学を受けて、しかも実は一緒にルームシェアまでする予定なのだと言ったら、栞は何と言うだろうか。 『あんたらねぇ……』 そう、眉を寄せながら苦々しい表情を見せる栞が見れるのは間違いないと思う。 まぁ、別にいいじゃないか。 俺達は仲が良いんだ。 誰が俺らの事を仲が悪いと言い始めたのかは知らないが、これが俺と池田くんの関係の本質だ。 そう、仲が良いんだ、俺達は。 同じ大学に行きたいと思い、同じ部屋に住んで、 それこそ、ずっと一緒に居たいと思うくらい、仲がいい。 一番の友達であり、よき理解者だ。 そう、俺は思っていた。 しかし、何故だろうか。 その次の日から、俺と池田くんに新たな関係の名前が浮上する事となる。 高校生活も終盤に差し掛かってきた3年の2学期の終わり。 一つ、また勝手に始まった関係があった。 俺と池田は付き合っている。 恋人。 バカップル。 俺と池田くんは1カ月と言う短期間の間に積み重ねてきた、犬猿の仲と言う関係にあっさりと終止符を打ったのだ。 まぁ。 しかし、これも結局は周りの噂によって勝手に作り出された関係性であり、その関係の本質がお互いの中にあるのだと言う事を俺はよく理解している。 そう。本質は俺と池田の中にある。 周りは関係ない。 しかし、いつからだろうか。 周りが作った関係性と、俺達の本質が重なる瞬間が現れ始めたのは。 栞はもう何も言ってこない。 ただ、テキトーに「いいんじゃない?あんたら二人とも顔はそこそこいいし、見れなくもないわよ」と、吐き捨てるように言われた卒業式。 いつの間にか互いの手を絡ませて歩くのが当たり前になった俺達は、少しだけ、何か言いたげなクラスメイトの視線を背中に感じながら、学校を後にした。 「なぁ、一。部屋のカーテンさ。何色にしようか?」 「そうだな……。あ、今から店に行って一緒に決めようか?善」 終わりがあれば始まりがある。 しかし、いつの間に始まって、いつの間に終わったのか。 それは本質を担う本人達にすらわからない。 まぁ、分かったところでどうしようもない。 既に始まった関係は……、どうにも止められないのだから。
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