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同じ頃、四菱重工業の中会議室では、防衛事業部の武藤取締役事業部長と部下の橋本課長が、ずらりと並んだ書類の山を前にしていた。
四菱重工は四菱ホールディングスの中で、自動車と双肩を成す事業会社であり、年商は四兆一千億円を誇る。
その中でも、インフラ、原子力、防衛宇宙の三大事業は、世界中の競合企業と、抜きつ抜かれつの争いを繰り広げている。
「橋本君、これで全て揃ったんだな?」
「はい、プレゼン資料は全て揃いました。あとは取締役、予定価格調書のみです」
予定価格調書とは、入札額を書き込む書類のことだ。
山積みの書類を、橋本の部下たちが一部づつ手に取り入念にチェックを行なっている。
この中会議室は、半年前から、政府の次期戦略防衛構想への入札準備室として使っている。その陣頭指揮を執っているのが、武藤事業部長だ。
長机の上には、四菱重工の戦闘機、F36ライトニングに関するプレゼン資料が、提案領域ごとに分けて置いてある。
F36ライトニングは、最新鋭のステルス型戦闘機で、航空自衛隊や世界中の米軍が配備しているF35の後継機だ。
先の米朝首脳会談で米国大統領が金正恩総書記に、韓国の米軍の規模を縮小すると約束した煽りを受け、極東における日本の軍事力増強が、米国から日本への至上命令となった。
米国追従を掲げる日本政府は、前年度に組んだ防衛費四兆円に上乗せする形で、新たに二兆五千億円の防衛予算を追加計上した。
この追加予算が、F36を中心とした防衛力強化に充てられるため、四菱重工は、F36のエンジン、組立て、アフターメンテナンスの三つの領域で、入札に挑むことになった。
「武藤取締役、レイシオンはどう出て来ますかね?」
レイシオンとは、レイシオンインダストリーズ社のことで、インフラ、原子力、軍事産業を中核事業に持つ米国の企業で、長年に亘る四菱重工のライバル会社だ。
今回の入札には、四菱重工と全く同じ領域で入札表明をしており、入札は事実上、四菱重工とレイシオンの一騎打ちになる。
「そうだな……先方は自衛隊との取引では我々に劣るが、米軍との取引実績が豊富だ。そこを前面に出してくることは間違いない。今回、自衛隊に配備されるF36は、いわばテストを兼ねた導入で、その後米軍に配備されることは既定路線だから、レイシオンは強みを活かせる」
「そうですね。ただ、我が社も、自衛隊との取引実績で優勢ですし、民間機ですが、YRJで研鑽してきたノウハウも豊富です」
YRJは四菱リージョナルジェットの略称で、四菱重工と四菱航空機が共同開発した旅客機だ。
設計、開発、組立、試験、アフターまで四菱がワンストップで提供している。
「そうだな。そう考えるとあとは、入札価格の勝負だ。将来的な米軍配備を見据えて、今回の自衛隊の入札価格を低目に見積もり、どちらが価格で優位に立つか。そこが分かれ目だろう」
「そうですね。米軍への配備は将来的に、二千機は見込めますからね……F36の機体価格だけで、ざっと、三十兆円……」
武藤が頷き、ふうっと大きな息を吐く。
「我社も社運を賭けて挑むが、敵も同様だろう」
「はい、あらためて気合いが入ります」
「うむ、いよいよ入札も近い。心して掛かろう」
「はい!」
橋本は武藤が去った後も、部下達と夜遅くまで、資料のチェックに励んだ。
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