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 東京の新大久保。  古いマンションの角部屋で、数人の若い男が携帯電話でひっきりなしに電話をかけていた。近隣への音漏れを警戒し、この手の連中は角部屋を好む。  長机を二つ向かい合わせたテーブルの真ん中には、段ボール箱に携帯電話が山積みだ。プリケーと呼ばれる、チャージした金額だけ通話できる携帯だ。連中はプリケーで、詐欺の電話をかけまくっていた。  平成十八年の携帯電話不正利用防止法の施行後は、プリケーの契約にも個人情報の提示が義務化され、悪用しにくくなった。  しかし、オレオレ詐欺の連中は闇金から派生しており、借金のカタに負債者から脅しとった住民票や免許証を腐るほど所有している。プリケー契約時の個人情報には事欠かない。    西守(にしまもる)は、パンパンと手を鳴らし、「おい、やめだ!」と、全員の視線を集めた。  詐欺の電話は午後三時で終える。これがオレオレ詐欺の常識だ。詐欺に引っかかったターゲットに、三時までにカネを振り込まないと事態が悪化すると焦燥感を煽るためだ。振り込ませた金は「出し子」チームがすぐに引き出す。  西守は長机の上に、A4用紙の分厚い束をどさりと投げた。 「お前ら、お宝リストだ」 「なんすか? 西さん」 「年金登録者、百二十五万人の情報だ」 「百二十五万! マジすか?」 「ああ。数年前に日本年金機構からパクられたやつだ」 「そんなもん、どうやって手に入れたんすか?」 「詳しくは言えねえけど、あるサイトだ」 「メルカリじゃないっすよね? あそこ、ただのレシートまで売ってっから」 「バカ! 闇サイトだ」 「しかも、みてみろ」  長机に並んだリストを、皆が覗き込む。 「すげえ! 名前、歳、家の電話番号に住所も載ってるじゃないすか!」 「マジかこれ……」 「でも西さん、三年前のリストってことは、そうとう舐め尽くされてる可能性もありますよね?」 「あ? おまえ何年やってんだ? その方がカブセの可能性も上がんだろが」 「かぶせ?」  西があきれ顔でいう。 「一回詐欺に引っかかった奴が何度も引っかかることだろ」 「あ、たしかにそっすね」 「明日からこのリストで、かたっぱしから架電だ。いいな」 「はい!」  平成二十七年に、日本年金機構から百二十五万人分の個人情報が漏洩し、その翌年、オレオレ詐欺と架空請求詐欺の認知件数は、およそ五千件も増えた。  認知件数とは警察が把握した数のことで、実際にはもっと多くの被害者を生んだ。  警視庁は、被害件数の増加と、年金機構の個人情報漏洩との相関性については一切触れていない。  しかし、この漏洩事件が、多くの特殊詐欺グループを潤わせたことは明白だった。
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