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15
二人は中井を離れた。
英二の判断で南千住のビジネスホテルに宿をとった。
南千住は山手線の外側に位置し、中井からは二十キロほど離れている。
英二が住む北千住とは、荒川を隔てて一駅だ。
狭いワンルームのベッドに腰掛けた西は煙草を咥え、英二にも箱を向ける。
「いや、俺はやらない。かまわず吸ってくれ」
頷いた西がポケットを探る。
ジッポを無くしたことを思い出し舌打ちする。
「これで良ければ」
英二がジッポのライターを投げる。
キャッチした西は火をつけようとして、ふと首を捻った。
ジッポの底に”L to M”と彫金が施されている。
リンから貰った銀無垢のジッポだった。
西がちらりと英二に目をやる。
「それあんたにやるよ」
「あ、ああ……」
西は動揺を隠し、煙草に火をつけた。
「あ、あんた名前は?」
「伊吹だ」
「伊吹さんか。俺は西だ」
「西さん、彼女のことは……残念だったな……」
西が目を床に落とす。
「俺のせいで……リンが死んだ……俺のせいだ……」
「リンさんに手をかけた相手は、わかってんのか?」
「ああ。新道組だ」
「新道組……」
利一は驚いた。
この西って男は、新道組と揉めてるのか。
新道組と抗争中の組員だろうか。
「あんた、復讐とか考えてないだろうな?」
西が顔を上げ、大声でまくし立てる。
「考えるに決まってんだろ! 全員ぶっ殺す! リンが浮かばれねぇだろ! 俺が仇とらねえで、だれが取んだ!」
「そうか。ただその身体じゃ、返り討ちに遭うだけだろう」
「ああ……今すぐはやらねぇ。隙を狙ってやる。直にだ……ぶっ殺す」
ぎゅっと煙草を揉み消した。
「伊吹さん、あんたも新道組と揉めてんのか?」
「いや、俺は、ばあちゃんの二百万を取り返しに行っただけだ」
西が煙草を咥えながら聞く。
「二百万? 何の金だ?」
「詐欺に遣られたんだよ。オレオレ詐欺」
ジッポを持つ西の右手が、一瞬止まる。
「オレオレ詐欺?」
たしかめるように訊く。
「新道組にばあちゃんのお金を騙し取られた……コツコツ貯めた大事な金だ」
「そ……そうなのか……」
「ああ。必ず取り戻す。それだけだ」
迷い無く言い切る英二の眼を、西は直視出来なかった。
「でも伊吹さん、相手はヤクザだ。あんた、怖くないのか?」
「いや、ヤクザを怖いとは思わない」
「すげえな。まああんた、強えからな。だったら、あんた怖いもん無いのか?」
「俺が怖いのは……」
英二が壁時計に目をやる。
深夜の十二時を回ろうとしていた。
「もうこんな時間だ、俺は帰る。明日、包帯とか持ってきてやる」
英二はそう言い残し、部屋を後にした。
独りになった西は、しばらくぼおっとジッポの彫金を指先で擦っていた。
リンは自分に優しくしてくれた、たった一人の女だった。
化け物みたいな俺に、優しく微笑んでくれたリンは、もういない。
赤ん坊もだ。
二人を巻き込んだ後悔と新道組への怒りが、涙になって溢れ出た。
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